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第8話 オフィーリア、全方位から人生を壊される

 オフィーリアは疲れていた。


 疲れている、という言葉では足りない。精神的に、物理的に、社会的に、あらゆる方向から消耗していた。


 父は勝手に盗み聞きして刺された。

 兄レアティーズはそれを聞いて外国から怒りの帰還を果たした。

 好きだった相手は突然ネクタイを頭に巻いて真実を叫び始め、その後は配慮ゼロの芝居を上演し、あげくに自分の父親を刺した。

 宮廷の空気は最悪。

 誰も彼女の人生を彼女自身のものとして扱っていない。


 かわいそうな人を登場させる物語は多いが、ハムレットにおけるオフィーリアはかなり上位である。

 読者が「この人だけ別の職場に転職させてあげたい」と思うタイプの不憫さだ。

 もっと言えば、「この物語から退出させてあげたい」と思わせるほどの不憫さである。


   * * *


 兄レアティーズが帰ってきた。


 レアティーズは外国で学んでいたが、父が刺されたと聞くや否や飛行機に飛び乗って戻ってきた。

 空港から直行で城に乗り込んできた姿は、ハムレットとは別の方向で危うかった。

 同じ「親の仇」でも、こちらはもう少し直接的だ。


「ハムレットを殴らせろ!」


「落ち着いてください、お兄さま」


「父上が刺されたのに落ち着けるか!」


「落ち着けます。落ち着かないと事態が悪化します。実例がここ数週間で山ほどあります」


 オフィーリアの声は冷静だった。冷静というより、もう疲れすぎて感情の発熱機能が壊れている。


「殴った場合、お兄さまが傷害罪です」


「傷害? 父を刺されたのはこちらだぞ!」


「はい。それとは別件で、殴ったら新しい傷害事件が発生します。この城は最近、事件の在庫が多すぎます」


「お前、いつからそんな法律に詳しくなった」


「巻き込まれすぎて自然に覚えました」


 レアティーズは唇を噛んだ。怒りは本物だが、妹の冷静さにも一理があった。


「弁護士がいるそうだな」


「ハムレット殿下の弁護士が。でもあの弁護士はまともな人です。殿下の暴走を止め続けています。あの人がいなければ、この城はもっと大変なことになっていました」


「殿下の弁護士を褒めてどうする」


「事実です」


   * * *


 その日の午後。

 城の庭園で、オフィーリアはベンチに座っていた。

 噴水の音だけが聞こえる。静かな場所だ。静かな場所にしか、もう居場所がなかった。


 そこへ、ハムレットがやってきた。


「オフィーリア!」


「……何ですか」


 オフィーリアは振り向かなかった。振り向く元気がなかったのだ。


「話を聞いてくれ。叔父が父を殺した可能性が高い」


「またその話ですか」


「今度はかなり高い」


「前もかなり高いって言ってませんでした?」


「言った」


「その前も言ってませんでした?」


「言った」


「毎回"かなり高い"が更新されるんですけど、基準はどこなんですか」


「気持ちの問題だ」


「気持ちで確度が変わる捜査は初めて聞きましたけど」


 ハムレットは黙った。

 言い返せない。事実だから。


「あと私の父を刺しましたよね」


「それは本当にすまない」


「謝ったあとに毎回"でも叔父が悪い"って続けますよね」


「続ける」


「最低です」


「……」


「謝罪の後に責任転嫁をくっつけるの、やめてもらえますか。二つは別の文です。一緒にしないでください」


 ハムレットは口を閉じた。

 ここでようやく、自分が事件を解くより先に周囲の人生を壊している可能性に少しだけ思い至ったのである。遅い。だいぶ遅い。季節が変わるくらい遅い。


「私は……真実を追っていただけで……」


「みんなそう言うんです」


「そんな刑事ドラマみたいなことを」


「でも現実です。あなたのせいで私の父は怪我をし、兄は怒りで帰国し、私は"殿下の狂気の原因"にされました。全部、あなたの真実の副産物です」


 ハムレットは何も言えなかった。


「私はあなたの物語の登場人物じゃないんです。自分の人生があるんです」


「分かっている」


「分かっていたらこうなっていません」


 それもそうだった。


 オフィーリアはため息をついた。長いため息だった。この数週間で吐いたため息を全部合わせたら、気球が飛ぶかもしれない。


「あなた、叔父が犯人かもしれないという話をするときだけは筋が通ってるんです。でもそれ以外の行動が全部おかしい」


「ひどい言われようだ」


「正確です」


 それはそうだった。


「本題だけは当たってるのに、道中が全部はずれなんです」


「そんな探偵みたいな……」


「迷探偵です」


 ハムレットは目を見開いた。

 迷探偵。的を射すぎていて反論ができない。


「迷探偵……」


「はい。迷探偵ハムレット。答えは持っているのに、辿り着き方が毎回最悪な人」


「……否定できない」


「否定しないでください。自覚してください」


 オフィーリアは立ち上がった。


「私は、あなたのことが嫌いにはなれません。でも好きでいるのも、もう疲れました」


「オフィーリア」


「これからどうするかは、あなた次第です。でもお願いだから、周りの人を壊さないでやってください。真実より大事なものがこの世にはないかのように振る舞うの、もうやめてください」


 噴水の音だけが残った。


 ハムレットは一人で立っていた。

 正しいことを言われた。

 正しいことを言われて痛い。

 でもそれは、相手が正しいからだ。


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