第7話 盗聴の末に刺されるおじさん、だいたい自業自得だが普通に事件
事態をさらに悪化させたのは、ポローニアスだった。
この男、自分は策士だと思っているが、ほぼ毎回、危険な場所に自ら入って事故に遭う。猪が罠の仕組みに興味を持って自分から突っ込んでいくようなものだ。
「王妃と殿下の会話を、こっそり聞きましょう」
クローディアスに提案し、誰も止めなかったのが不思議なくらいだが、止めても聞かなかっただろう。そういう種類の人間である。
もっとも、クローディアスは止めなかった。甥の動向を知りたかったし、自分の手を汚さずに情報が入るなら好都合だった。
「カーテンの裏に隠れていれば、何も問題ありません」
問題しかないのだが、ポローニアスの自信は揺るがなかった。
* * *
その夜、ガートルードの部屋。
母が息子を呼び出した。先日の芝居の件について話し合うためだ。城中が気まずい空気に包まれており、誰かが何とかしなければならない。
そして「誰か」は、たいてい母親の役割になる。世の中はそういうふうにできている。
「ハムレット、お前の最近の振る舞いは――」
「母上こそ、どうして父上の死後あれほど早く」
また始まった。
この親子の会話は毎回ここに着地する。着地というか衝突だ。
「何度同じことを」
「何度でも言います。なぜなら一度も答えてもらっていないからです」
「国の安定の――」
「それは聞きました」
「では何が聞きたいのです」
「本音です」
部屋の空気が張り詰めた。
その時、カーテンの向こうで、衣擦れの音がした。
小さな音だった。普通なら聞き逃す。だがハムレットの神経は、ここ数週間ですっかり尖っていた。猜疑心でできた針のような状態だ。
ハムレットの目が鋭くなる。
「そこにいるな」
声が低くなった。
「そこにいるな、悪党!」
「えっ」
次の瞬間、ハムレットはカーテン越しに剣を突き出した。
「ぎゃあっ!」
悲鳴が上がった。
カーテンが揺れ、倒れ込む音がした。
ガートルードが叫んだ。
「ハムレット! 何をしているの!」
ハムレットはカーテンを引き裂いた。
出てきたのは、叔父ではなかった。
ポローニアスだった。
肩を押さえて蹲っている。幸い致命傷ではなかったが、血は出ていた。かなり出ていた。
部屋の空気が一瞬で凍った。
「なんであんたがそこにいるんだ!」
「盗み聞きです!」
「堂々と言うな!」
「王家のためです!」
「最低の言い訳だな!」
「ぐっ……し、しかし殿下の行動を監視するのは宰相の務め……」
「カーテンの裏で務めを果たすな!」
ガートルードが駆け寄った。
「ポローニアス! 大丈夫ですか!」
「王妃さま……少々……痛みます……」
「当然です! 刺されたんですから!」
ハムレットは剣を持ったまま立ち尽くしていた。手が震えている。叔父だと思ったのだ。あの瞬間、カーテンの向こうにいたのは確実に叔父だと。
だが違った。
真実の追及と人を刺すことは、法的にはまったく別問題だ。どんなに正しい理由があっても、人を刺した瞬間に自分が加害者になる。
* * *
ほどなくして弁護士が呼ばれた。
深夜だった。弁護士は寝間着の上にコートを羽織って駆けつけた。プロ意識は高いが、表情は過去最高に険しかった。
「事情を聞きました」
「先生、私は――」
「なぜですか」
弁護士の声は静かだった。静かだから怖かった。怒鳴る弁護士より、静かに質問する弁護士の方がずっと怖い。
「叔父だと思って」
「確認はしたんですか」
「していません」
「なぜ刺したんですか」
「怪しかったので」
「怪しいと刺していいわけではありません」
「それはそうなんですが」
「そうなんです」
弁護士はポローニアスの容態を確認した。命に別状はない。刺し傷は浅く、肩口をかすめただけだ。不幸中の幸いだが、傷害は傷害だ。
「こちらは毒殺容疑を追っていたはずです」
「はい」
「どうして途中でご自身が別件の加害者になるんですか」
「復讐に集中しすぎて……」
「一番集中すべきは違法行為の回避です」
「現代法、厳しいですね」
「現代じゃなくてもだいたい厳しいです。人を刺して許される時代は、たぶん歴史上一度もありません」
弁護士は手帳にメモを取った。
「ポローニアス氏が被害届を出した場合、最悪、傷害罪で起訴されます」
「起訴……」
「あなたは現在、父君の毒殺を告発しようとしている。告発者が同時に傷害の被告人。これがどれだけ心証を害するか、分かりますか」
「……分かります」
「分かっているなら、なぜ刺すんですか」
「……」
「今後、剣は持ち歩かないでください」
「しかし護身として」
「あなたから攻撃してどうするんですか」
ハムレットは黙った。
弁護士は正しい。全面的に正しい。だがそれを認めるのは痛かった。自分が追い詰められているのではなく、自分で自分を追い詰めている。その事実が。
「先生」
「はい」
「私はまだ、父の仇を討てますか」
弁護士はしばらく黙った。
「法に沿ってやるなら、まだ可能です。ですが、これ以上あなたが暴走すれば、どんな証拠があっても裁判所はあなたの側を信用しなくなります」
「つまり」
「つまり、今夜のようなことは二度とないようにしてください。今夜限りの失態であれば、まだ取り返しがつきます」
「分かりました」
「本当に?」
「……本当に」
弁護士はコートの襟を直した。
「では私は帰ります。明日、ポローニアス氏側と話をつけます。示談の方向で」
「ありがとうございます」
「感謝よりも反省を」
「反省しています」
「それが行動に出ることを祈っています」
弁護士は夜の城を出ていった。
ハムレットは母の部屋の前で一人立っていた。
剣はもう鞘に収めた。
手はまだ震えていた。




