第5話 母との面談、だいたい家族会議で失敗する
夜の城は静かだった。
静かすぎて、廊下を歩く足音が壁に何度も反射して戻ってくる。ハムレットは母の部屋へ向かいながら、これから始まる会話の着地点を考えていた。
考えていたが、見つからなかった。
この親子の会話に着地点があった試しがない。いつも離陸だけして墜落する。
母ガートルードに呼び出されたのだ。
母は息子を心配していた。
ただしこの人はこの人で、夫が死んでからの再婚スピードがかなり速い。事情があったにせよ、息子のメンタルにはだいぶ厳しい。
四十九日どころか、まだ弔電の返事を書いている最中に婚姻届が出されたようなものだ。
「ハムレット、どうしてそんな有様なのです」
ガートルードの声は穏やかだったが、その穏やかさの裏に「いい加減にしなさい」が透けて見えた。
「有様とは」
「ネクタイを頭に巻いて王座の前で笑っていたそうじゃないですか」
「あれは終わりました」
「終わったの?」
「弁護士に止められたので」
「弁護士に? いつの間に弁護士を」
「相談しました」
「何の相談を」
ハムレットは一瞬言葉に詰まった。ここが難所だ。
「……人生相談です」
「嘘が下手ね」
「作戦です」
「何の」
「復讐の」
「嫌な単語を家庭内で自然に使わないでちょうだい」
ガートルードはため息をついた。この息子との会話は、地雷原を歩くようなものだ。
「ハムレット、あなたのお父さまの死は悲しいことでした。私だって――」
「母上は父上の死をどう思っているのです」
「急な病だったとしか……」
「そしてすぐ叔父上と再婚した」
「国の安定のためです」
「個人の情緒は不安定になりましたが」
「そこは……」
ガートルードは言葉に詰まった。
ハムレットの怒りは面倒だが、筋がまったくないわけでもない。そこが余計に面倒なのである。
息子の言い分に一理あると分かっている時が、母親としていちばんつらい。
「とにかく、クローディアス陛下に失礼のないように」
「叔父上が犯人でも?」
「仮定の話はやめなさい」
「仮定ではなく父上が」
そこでハムレットは止まった。
亡霊の話をするなと弁護士に言われていたのを思い出したのだ。
奇跡的なブレーキだった。
この男がブレーキを踏むのは、年に数回しかない。そのうちの一回がここで使われた。
「父上が……なんです」
「……言いません」
「なぜ急に賢くなるの」
ガートルードは驚いた。この息子が言葉を飲み込むことなど、ほとんどない。ここ数週間で初めて見せた自制だった。
「法的助言です」
「誰に相談したのよ」
「弁護士に」
「どんどん嫌な方向に本格的になっていくわね」
母と息子は黙って向き合った。
互いに言いたいことがある。だが言えば傷つく。言わなくても傷つく。言葉が有効に機能する距離を、二人はとっくに通り過ぎていた。
「私は……あなたのことを心配しているのよ」
ガートルードの声が少し揺れた。
「分かっています」
「分かっているなら」
「分かっていますが、納得はしていません」
「何を」
「父上の死が、急病で片づけられたこと。そして母上が、あまりにも早く新しい生活を始めたこと」
ガートルードは黙った。
反論はできた。だが反論が正しいかどうかは自分でも分からなかった。
「……あなたの怒りに、全く筋がないとは言いません」
「では」
「でも、あなたの行動には筋がない」
「それは……弁護士にも言われました」
「全員に言われてるのね」
「全員に言われています」
長い沈黙があった。
ガートルードがお茶を差し出し、ハムレットはそれを受け取った。
家族のぎこちなさは、こういう小さな動作にしか出口がない。
「ねぇハムレット」
「はい」
「どうして急に言葉を飲み込んだの。さっき、お父さまが何だと言いかけたでしょう」
「法的助言です」
「家庭に弁護士を入れないでちょうだい」
「もう入れてしまいました」
「入れた後で言わないのね」
「入れたから言えないんです」
ガートルードは小さく笑った。おかしくて笑ったのか、呆れて笑ったのか、自分でも分からなかった。
ハムレットは母の部屋を出た。
廊下は暗く、自分の影が長く伸びていた。
成長、と呼ぶには小さすぎた。
だが弁護士の助言を一回守った。それだけは確かだ。
誰も褒めてくれなかったが。




