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第4話 ポローニアス、聞いてもいないのに分析を始める

 ポローニアスには持論があった。


 持論がある人間は珍しくないが、ポローニアスの場合、持論が多すぎて現実が入る隙間がない。

 頭の中に理論が渋滞しており、事実はその後ろでクラクションを鳴らしている。


「私の分析をお聞きください、陛下」


 クローディアスは王座に深く座り、渋い顔をしていた。

 渋い顔の理由は複数あるが、その中でもポローニアスの長話は上位に入る。


「殿下が壊れた原因は、恋です」


「恋」


「はい。我が娘オフィーリアに対する満たされぬ想いが、殿下の精神を蝕んだのです」


「証拠は」


「若者はみな恋で狂うものです」


「それは証拠ではなく偏見では」


「人生経験です」


 クローディアスは深くため息をついた。この宰相を任命したのは先代だが、今の自分が解任しないのも問題かもしれない。

 ただ、ポローニアスは忠実ではある。的外れだが忠実。使いにくいタイプの忠実だった。


「では証拠をお見せしましょう」


 ポローニアスは懐から紙束を取り出した。


「これは殿下がオフィーリアに送ったメッセージの履歴です」


「勝手に見たのか」


「国家の安全のためです」


「娘の恋愛事情が国家の安全か」


「宮廷における恋愛は全て国事です」


 無理がある。しかしポローニアスは無理を通すことに人生をかけている男だ。


 メッセージの中身はこうだった。


『オフィーリアへ。星がきれいだ。しかし今夜も叔父の動きが怪しい』


『今日は花を見た。美しかった。証拠保全について調べたいのだが参考書を知らないか』


『月がきれいですね。ところで薬品の流通記録ってどこで閲覧できる?』


 ポローニアスは得意げに言った。


「いかがです。恋と狂気が入り混じっておる」


「入り混じってるのは恋と訴訟準備では」


 クローディアスの目が鋭くなった。

 この男は悪党だが、悪党だからこそ、ハムレットの行動が「恋」ではなく「調査」であることに気づきつつあった。


   * * *


 一方その頃、当のオフィーリアは城の中庭で途方に暮れていた。


 オフィーリアは何もしていない。

 何もしていないのに、突然「殿下の狂気の原因」にされた。巻き込み事故にも程がある。飛行機に乗っていないのに墜落に巻き込まれたようなものだ。


「お前がもう少し殿下に優しくしていれば、こんなことにはならなかったのだ」


 父ポローニアスにこう言われた時、オフィーリアは三秒ほど天を仰いだ。

 三秒で済ませたのは偉い。普通は十秒はかかる。


「お父さま、ハムレット殿下がおかしくなったのは私のせいではありません」


「しかし時期が一致する」


「何の時期とですか」


「お前が殿下の贈り物を返した時期と、殿下が観葉植物に話しかけ始めた時期だ」


「偶然です」


「偶然にしては出来すぎている」


「偶然です」


 オフィーリアの声は静かだったが、二回同じことを言う時のオフィーリアは本気だ。


「それに、殿下が最近送ってくるメッセージの半分は毒物の流通経路の話ですよ」


「若者の恋は時に暗号めいたものだ」


「暗号ではなく薬学です」


 ポローニアスは哀れみの目で娘を見た。

 分かっていない者を見る目だったが、分かっていないのは本人の方だ。


   * * *


 ガートルードの部屋で、母に報告が行われた。


「王妃さま、殿下のご乱心の原因が判明いたしました」


「本当ですか、ポローニアス」


「恋です」


「恋……?」


「はい。我が娘オフィーリアへの恋慕が、殿下の心を壊しました」


 ガートルードは少し考えた。


「ハムレットは最近、私に『相続法の基本書を貸してくれ』と言ってきましたが」


「恋する若者は時に学問に逃避するのです」


「法律に逃避するの?」


「若者の心は複雑です」


「あなたの分析の方が複雑です」


 ガートルードは疲れた顔をした。

 この人はこの人で色々と判断が早い人なのだが、少なくともポローニアスの分析が的外れであることは分かっていた。

 母親の勘というやつだ。息子の問題が「恋」ではなく「父親の死」に関係していることは、聞かなくても分かる。


 ただ、どう関係しているかまでは踏み込めない。踏み込むと自分の再婚の話に触れることになるからだ。


   * * *


 その夜、ハムレットはホレイショーに愚痴をこぼした。


「ポローニアスが"恋で狂った"と触れ回っている」


「知ってる」


「叔父の毒殺疑惑の話をしているのに、誰も聞いていない」


「お前の話し方が悪い」


「話し方?」


「"叔父が怪しい"と"叔父が黒だ"を交互に言うのをやめろ。聞いてる方が混乱する」


「でも黒だろう」


「たぶん黒だ。でも"たぶん"と"確定"を同じテンションで言うから信用されない」


「つらい真実だ」


「お前の人生はだいたいつらい真実でできている」


 ハムレットはうなだれた。

 本題だけは正しいのに、伝え方で全部台無しにする。それがこの男の性質であり、たぶん死ぬまで直らない。


「ポローニアスの分析、若者はみな恋で狂うって、あれはどうなんだ」


「叔父の毒殺疑惑より雑な一般化だな」


「雑すぎるだろ」


「雑だ。でもお前の立ち回りが雑だから、雑な分析で説明がつくんだ」


「それは私のせいか」


「お前のせいだ」


 ハムレットは長い息を吐いた。


「オフィーリアに悪いことをした」


「そう思うなら直接謝れ」


「謝って、その後で毒殺疑惑の相談に乗ってもらえないかな」


「順序がおかしい」


「おかしいか」


「おかしい」


 ホレイショーはコーヒーを飲み干した。冷めていた。この会話中にコーヒーは大体冷める。


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