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第2話 法は無力ではないが、亡霊には厳しい

 市民法律相談センターは、駅前のビルの三階にあった。


 入口には「お気軽にご相談ください」と書かれたポスターが貼ってあり、イラストの弁護士がにこやかに微笑んでいた。

 ハムレットはそのポスターを見て「お気軽な内容ではないんだが」とつぶやいたが、重い足を引きずって中に入った。


 相談室は、やけに明るかった。

 復讐の話をするには照明が足りすぎている気がしたが、弁護士はそういう雰囲気に合わせて仕事をしてくれない。

 蛍光灯の白い光が隅々まで行き渡り、秘密も怨念も居場所がなかった。


 担当弁護士は、落ち着いた口調の女性だった。

 法廷物に出てくる弁護士には色々な型があるが、この人は「依頼人の暴走を止めるタイプ」である。たぶん一番苦労する。

 弁護士の中でも難易度の高いポジションだ。だいたいの依頼人は一度は暴走するものだが、この依頼人は信号無視を生きがいにしている。


「本日はどういったご相談でしょうか」


 ハムレットは背筋を正した。ここは大事な場面だ。第一印象で全てが決まる。落ち着け。冷静に。事実だけを。


「叔父が……父を殺した……可能性があります」


 声が震えた。しかし内容は明確だった。


「なるほど。深刻なお話ですね。証拠はありますか」


「父の証言です」


「ご本人はご存命ですか」


「いいえ」


「では遺書や記録などが?」


「亡霊として現れました」


 弁護士は一度も表情を崩さなかった。

 プロである。たぶん内心では色々思っているが、顔に出さないのが仕事なのだろう。

 長年この仕事をやっていると、「亡霊の証言」と言われても瞬きの回数が増えない体質になるのかもしれない。


「録音はありますか」


「ありません。カメラを向けたら透けました」


「動画は」


「同じ理由でありません」


「第三者の目撃は」


「友人のホレイショーが遠くから白い何かを見ました」


「白い何か」


「はい」


「内容は聞いていない」


「聞いていません」


「つまり現在のところ、"ご本人には確信があるが、客観的資料は乏しい"という状態ですね」


 弁護士は手元のメモにさらさらとペンを走らせた。何を書いているのかは見えなかったが、おそらく「亡霊」の横に小さく「?」と書いたのだろう。


「そうなります」


「正直に申し上げると、かなり厳しいです」


「やはり法は無力か……!」


 ハムレットは拳を握った。悲劇の独白が始まりそうな空気が漂ったが、弁護士はそれを許さなかった。


「いえ、法は無力ではありません」


 弁護士は冷静に言った。声の温度が一ミリも変わらない。


「ただ、今お持ちのものは、法が好きな種類の証拠ではありません」


「言い回しが優しいだけで厳しいですね」


「厳しいです」


「もう少しオブラートに」


「これ以上包むと中身が消えます」


 ハムレットはうなだれた。真実がここにあるのに、形にできない。もどかしい。だが弁護士は話を進めた。


「では、どうすれば」


「死亡診断書、当時の診療記録、薬品の流れ、相続や王位継承による利益、被害者の死で得をした人物、現場周辺の記録。そこを一つずつ拾います」


「一つずつ……」


「法律というのは、"きっとそうだ"では動きません。"こうだから、こうだ"で動きます」


 ハムレットの目が輝いた。


「なるほど……真実とは、積み重ねなのですね……!」


「その通りです」


「法の剣士……!」


「そういう呼び方はやめてください」


「格好いいと思ったんですが」


「格好いいかどうかは仕事に関係ありません」


 弁護士はペンを置いた。


「あと、一つ大事なことがあります」


「なんでしょう」


「外では亡霊の話はしないでください」


「なぜです」


「不利だからです」


「真実なのに?」


「真実であることと、法廷で有利であることは、残念ながら別問題です」


「つらい」


「真実がつらい形でしか存在しないことは、たまにあります」


 ハムレットはしばらく黙った。

 弁護士の言葉は冷たかったが、正しかった。正しくて冷たいものを前にすると、人は黙るしかない。


「今お持ちのものは真実かもしれませんが、証拠としてはかなり詩的です」


「証拠に詩情はいらないんですね」


「むしろ邪魔です」


 帰り道、ホレイショーが合流した。


「どうだった」


「亡霊の話はするなと言われた」


「まぁそうだろうな」


「証拠は詩的だと言われた」


「詩的」


「詩的」


「褒められてるのか」


「けなされてる」


 二人は黙って歩いた。

 夕暮れの商店街は賑わっていて、復讐を抱えた王子が通っても誰も気づかなかった。

 当然だ。復讐は見た目では分からない。


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