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第1話 父が死んだので、まず相談予約した

 父が死んだ。


 しかも、どう考えても怪しい死に方だった。

 急病死と発表されたが、前日まで城の廊下を元気に歩き回り、「明日は釣りだ」と笑っていた男が、翌朝冷たくなっていた。

 急すぎる。展開が急すぎる。連続ドラマの第一話でいきなり主人公が退場するようなものだ。


 にもかかわらず、母はあまりにも早く叔父と再婚した。

 喪に服す期間など存在しなかった。黒い服を着ている間に新しい衣装合わせを済ませたと言っても過言ではない。

 なお、この時点でかなり嫌な家庭事情である。父の死、母の即再婚、その相手が叔父。昼ドラでももう少し段階を踏む。


 普通に考えて黒だ。

 どう見ても黒。

 黒に決まっている。


 そう思い詰めた王子ハムレットは、深夜、城のテラスで夜風に当たりながらつぶやいた。


「生きるべきか、訴えるべきか……それが問題だ」


 なお、この台詞は原作の有名な独白のアレンジである。

 原作は哲学的な苦悩だったが、こちらは訴訟の可否に悩んでいる。

 格が下がった気もするが、実益はこちらの方が上だろう。


 すると霧の向こうから、亡き父王の亡霊が現れた。

 急に亡霊が出てきたが、安心してほしい。原作でも出る。しかもかなり重要な役である。

 死んでいるのに出番が多い。生きている人間より存在感がある死者というのも珍しいが、ハムレットの父はそういう人だ。


「ハムレットよ……」


 亡霊の声は低く、城壁の石に染み入るように響いた。全身が青白く発光しており、だいぶ幽霊感が強い。

 もう少しナチュラルに出てくれれば話がしやすいのだが、あいにく死人にファッションの選択権はないらしい。


「父上!」


「わしは毒殺されたのだ……犯人はお前の叔父クローディアス……耳に毒を流し込みおって……」


 ちなみにこの叔父クローディアス、原作を知らない人にも分かりやすく言うと、かなり怪しい男である。

 怪しさの密度が高すぎて、一周回って無実かと思わせるほど怪しい。

 具体的に言うと、兄が死んだ直後に兄の妻と結婚し、兄の王座に座り、兄の息子に「父親代わりになるよ」と言ってくる。

 サスペンスドラマの脚本家がこのキャラクターを提案したら「もう少し隠してください」と編集に言われるレベルだ。


「やはり……!」


「復讐せよ……わしの無念を晴らせ……」


「承知しました。ではまず刑事告訴状の雛形を確認します」


「えっ」


 亡霊が固まった。

 死後硬直はとっくに済んでいるはずだが、比喩的にもう一回固まった。


「あと当時の死亡診断書、薬物鑑定の可能性、相続関係、王位継承による利益の発生も洗います」


「いや……復讐せよと申したのだが」


「現代ですので」


 亡霊は少し黙った。

 死人がさらに沈黙するというのは、なかなか珍しい光景である。


「剣とかは」


「証拠能力が低いです」


「低いのか……」


「そもそも殺人は犯罪ですし」


「復讐の殺人はロマンでは」


「それは原作の話です。こちらでは普通に刑法に触れます」


 亡霊はしばし風に吹かれ、肩を落とした。

 なお、亡霊に肩があるかどうかは諸説ある。


「せめて……わしの言葉を録音とかは……」


「しようとしたんですがスマホのカメラを起動した瞬間に父上が透けて映らなかったので無理でした」


「あっ、やっぱりそうなのか」


「はい」


「亡霊、不便だな……」


「不便ですね」


 父子は苦い顔を突き合わせた。片方は霧の中に浮いており、もう片方はテラスの手すりに寄りかかっている。

 構図だけ見れば悲劇的だが、会話の内容は完全に事務的である。


   * * *


 翌朝、ハムレットは親友ホレイショーを呼び出した。


 ホレイショーはこの物語における貴重な常識人である。

 こういう話では一人くらい正気の人間がいないと読者の逃げ場がなくなるので、大変重要だ。

 物語の中で一番まともな人間がいちばん振り回されるというのは創作界隈ではよくあることだが、ホレイショーは何年もそれに耐えてきた。

 友情というのはそういうものだ。


「ホレイショー、昨夜大変なことが起きた」


「まさかまた独白を一人で三時間やっていたとか言わないでくれ」


「それは先週の話だ。今回はもっと大変だ。父上が現れた」


「夢に?」


「いや、テラスに」


「だいぶしっかり出たな」


「しかも叔父が犯人だと告げた」


「証拠は」


「亡霊の証言」


 ホレイショーはゆっくり目を閉じた。

 この男がゆっくり目を閉じるのは、たいてい「お前の言うことは信じるが、社会はそうは見ない」というサインである。


「弱いな」


「弱い」


「かなり弱いな」


「かなり弱い」


 二人はしばらく沈黙した。

 真実らしさと証拠能力は、しばしば両立しない。世の中はそういうふうにできている。

 暗い夜にしか見えないものが、明るい法廷では通用しない、というのは不条理だが現実だ。


「俺も昨夜、テラスのあたりで白い何かを見た気はした」


「ほら!」


「気はした。ただ、中身は聞いてない。形と色しか分からない」


「目撃証言にはなるのでは」


「"白い何かを見ました"で裁判所が動くと思うか?」


「……思わない」


「だろう」


 ホレイショーはコーヒーを一口飲んだ。朝から重い話だ。


「だが父上の言葉に嘘はない」


「かもしれない。でも裁判所は"息子にしか見えていない霊"にそんなに優しくないと思う」


「分かっている。だから相談だ」


「誰に」


「弁護士に」


「偉い」


 ホレイショーの反応は素直だった。

 ハムレットは、結論の出し方は雑だが、方向だけは間違えないことがある。問題は、方向が合っていてもルート上で全部事故ることだが、それは後の話である。


「復讐に必要なのは怒りではない。相談予約だ」


「言い方だけ聞くとずいぶん健全だな」


「嫌すぎる名言だがな」


「実際、正しいと思うぞ」


「ありがとう。では予約する」


 ハムレットはスマホを取り出した。

 法律相談センターのウェブサイトを開き、空き時間を確認する。

 

 復讐の第一歩が、予約フォームの入力だった。


 名前。住所。相談内容。

 「相談内容」の欄に「叔父による父の毒殺疑惑。証拠は亡霊の証言のみ」と書きかけて、ハムレットはペンを止めた。


「ホレイショー、これ書いたら予約の段階で断られないか」


「間違いなく断られる」


「どう書けばいい」


「"親族間の不審死に関する相談"くらいにしておけ」


「嘘ではないな」


「嘘ではない。亡霊を抜けば」


 ハムレットは書き直した。


 復讐は、こうして事務手続きから始まった。


 夜風がテラスを通り抜ける。遠くで父王の亡霊が「本当にそれで大丈夫か……?」と不安そうにこちらを見ていたが、ハムレットは気づかなかった。


 気づいたとしても録画ができないので、どうしようもなかったが。


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