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消費MP1:キルパク裁判

 洞窟の奥に、まだ煙が立ち込めていた。

 崩れた巨躯がゆっくりと灰に還っていく。苔むした壁に反射する松明の光が、ぐらぐらと揺れている。ミノタウロスの亜種——この地域一帯を荒らしていた元凶が、ようやく動かなくなった。

 勇者は息を整えながら、仲間たちの無事を確認した。戦士は大剣を肩に担ぎ、荒い呼吸を繰り返している。魔法使いは杖を下ろし、既に興味を失った顔で灰を見つめていた。僧侶は壁際で目を閉じ、何事か呟いている。祈りだろう。戦闘が終わるといつもこうだ。

 そして盗賊が、灰の中に短剣を突き立てたまま立っていた。

 盗賊が短剣を引き抜いた。刃にこびりついた灰を、布で丁寧に拭き取っている。


「ふぅ……、なんとか倒せたね」

「…………いや」


 盗賊の言葉に、戦士がそう返す。沈黙が長かった。松明の火が一度、大きく揺れた。


「……キルパクだろ、それ」


 戦士の声は低かった。怒鳴っていなかった。怒鳴るより手前の、もっと底の方から出ている声だった。


「キルパク?」

「キルパクだ。俺が三十分、あの角に突き上げられながら削ったんだ。とどめは俺のもんだろ」

「倒せたからよくない? とどめは誰とか、決めてあったっけ、それ」


 盗賊は布をたたみ、懐にしまった。その動作があまりにも落ち着いていたので、戦士の目が据わった。大剣の柄を握り直す音が、洞窟に硬く響いた。


「決めてなくたって分かるだろうが! 前に出て削った奴にとどめの権利がある!」

「それは戦士の中のルールだよね。僕は隙を見て的確に仕留めた。戦術でしょ」

「戦術じゃねえ、それがキルパクだっつってんだろ!」


 (うわぁ……、始まった)


 勇者は心の中でそう呟きながら、腰のポーチに手を伸ばした。中に入っている小瓶の感触を確かめる。ポーション、残り四本。


「キルパクというか……、チームワーク? じゃない? 削りが偉いとか、とどめが偉いとか、どうでもよくない? 戦士はとどめが偉い派なんだ?」

「そういうことじゃねぇだろ? 俺は戦士として恰好よくミノタウロスのとどめを……」

「いや、でもとどめが偉いと思ってなかったらそんな言葉出てこないよね? 僕は戦士の削りもすごかったと思ってるけど、そんなふうに思ってるんだ? とどめを刺したやつが一番偉いって。はぁ~あ、残念だなあ。みんなもそう思うよね?」


 盗賊の声には感情がなかった。疑問形で終わる言葉が、ひとつひとつ正確に戦士の急所に落ちていく。


「そ、そんなもん——」


 戦士が言葉に詰まった。

 勇者はここで割って入るべきだと思った。思ったが、何を言えばいいかが分からなかった。戦士が怒るのは分かる。三十分、命懸けで前に出ていたのは本当だ。格好良く最後を決めたかっただけなのだ。だが盗賊の言い分にも穴がない。


 (どっちに味方しても地雷を踏む)


「——あの」


 穏やかな声が割り込んだ。僧侶だった。壁際での祈りを終えたらしく、目を開けてこちらを見ている。


「誰が倒したとか、どうでもいいでしょう。なぜそんなことにこだわるのですか?」


 洞窟が静かになった。

 松明の爆ぜる音だけが、ぱち、と鳴った。

 戦士が振り返った。


「どうでもいい? 俺が三十分——」

「ええ。魔物は倒れましたよね。それでいいのではないでしょうか。村の皆さんはそれだけで喜んでいると思いますよ?」


 僧侶は微笑んでいた。悪意はなかった。本当に不思議そうな顔をしていた。なぜこの人たちはこんなことで揉めているのだろう、と純粋に疑問に思っている顔だった。


 (その顔が一番たちが悪いんだよ)


 勇者は経験上知っていた。


「どうでもよくねえよ!」

「でもどうでもいいですよ。倒したのはパーティーです。個人ではないです「だよね? 僧侶もそう思うよね?」

「個人の話をしてんだろ! 俺が前に——」

「ですから、なぜ個人にこだわるのですか?」


 戦士が口を開き、閉じ、また開いた。

 なぜ個人にこだわるのか。戦士はそれを言語化できなかった。

 勇者はちらりと魔法使いを見た。魔法使いは壁にもたれて目を閉じていた。この議論に参加する気が一切ないという態度だった。


「っ——うるせえ! どうでもいいなら黙ってろ!」

「はーい。では黙りますね。戦士さんのほうがうるさいですけどね」


 僧侶はあっさり引いた。そしてそのまま壁際に座り直し、再び目を閉じた。残されたのは、怒鳴り先を失った戦士と、短剣を磨き終えた盗賊と、目を閉じている魔法使いと、胃の痛い勇者だった。


「……で、結局どうすんだよ」


 戦士が低い声で言った。怒鳴る相手がいなくなると、急に声が落ちる。


「私は一定程度戦士に賛同する。個人が何を成したかは大事。功績の定義。先に決めるべきだった」


 魔法使いが目を開けずに言った。


「何を基準にするかも決めてないのに揉めてる。時間の無駄」

「だから決めようっつってんだろ! 誰がとどめを決めるのにふさわしいか!」

「違う。今決めたいのは報酬の分配。功績が定義できないと報酬の分配ができない」


 魔法使いの声は平坦だった。感情が乗っていないぶん、言葉がそのまま刃として飛んでくる。


「討伐報酬の分配を先に決めて。功績をどう定義しようが、報酬の総額は変わらない」

「俺が一番頑張ってたのは確実だろ。三十分も削って「それを数値化できる?」

「……は?」

「削り量を数値化できるなら客観的に分配できる。できないなら主観。黙って」


 戦士は言葉に詰まった。盗賊が口を開いた。


「戦士の”頑張り”……プッ……は数値化はできないけど、とどめは客観的事実だよね。刺したか刺してないか。明確でしょ」

「今笑いやがったな!? とどめを基準にすんのはおかしいだろ! 俺がどれがどれだけっ!」

「すみません。私もいっぱい回復の聖法かけましたよ。ええ、皆さんに」

「私の魔法が一番ダメージ量は多い」


 魔法使いが淡々と返した。誰の味方をしたわけではない。全員の主張に対して自分の功績の立ち位置を確保しただけだ。


 (このまま放っておくと日が暮れる)


 勇者はそう判断した。判断してから口を開いた。


「いや、あの、ちょっといいかな」


 全員の視線が集まった。壁際の僧侶は目を閉じたままだったが。


「みんなの言い分は分かった。ただ、功績の基準を今から決めるのは確かに難しいと思うんだ。削りもとどめも回復も、全部大事だし、どれが上とは——」

「だからそれを決めろって話だろ」

「今日初めて戦士と意見が合ったね。実際功績の上下はあるよね?」

「いやだから、ただ、それぞれ役割が違うわけで、比べること自体が——いやでも比べないと分配できないのは分かるんだけど——」

「ええ、そう。報酬の分配は確実に決定するべき」

「私はそうですね。半分くらいもらえたらなって思います」


 自分でも何を言っているか分からなくなってきた。接続詞が渋滞している。勇者は深呼吸を一つして、言った。


「——じゃあ、功績配分は今後全員で平等に分割しよう」


 一瞬の沈黙。


「「「「平等?」」」」


 全員の視線が勇者を貫く。あ、ミノタウロスの眼光より鋭い。


「俺が前に出て三十分削って、後ろで鍵開けて、ミノタウロスにちょっとナイフあてた奴と同じ?」

「いや、だから全員の役割を公平に——」

「公平と平等は違うだろ!」

「そうだね。僕のとどめも、戦士の削りも同じ扱いなら、そもそもとどめを狙う意味がなくなるよね。それって戦術の放棄じゃない?」

「お前のとどめはキルパクだって言ってんだろ!」

「功績を均等にするなら、効率的に貢献した者が損をする制度」

「——いっそすべて寄付するというのはどうでしょうか? あっ、それがいいかもしれません。そうしましょう」


 壁際から僧侶の声が飛んできた。目を閉じたままだった。四方向から、皆それぞれ。

 まったく収まる様子がないその光景を見て、勇者はストレスで胃がキリリと痛んだ。

 腰のポーチに手を伸ばした。小瓶を一本取り出す。濁った緑色の液体——ポーション。残り三本。

 こっそり背を向けて、ちびりと一口飲んだ。胃痛がすぅっと収まっていく。

 背後では、功績の定義をめぐる議論が第二幕に入ろうとしていた。


「だから、削りの時間を基準にすれば——」

「時間? 僕が一瞬でとどめを刺したのはむしろ効率が良いってことでしょ?」

「効率の話にするなら、魔法の一撃が最もコストパフォーマンスが高い。私に全報酬を渡すか?」

「……魔法使いさん、それは冗談ですよね? 強欲は罪ですよ。私に半分渡して、残りは寄付しましょう」


 洞窟の奥で、ミノタウロスの灰が静かに崩れた。



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