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六年生のクラスが並ぶ廊下に何故か人だかりが出来ていた。その中心にいたのは、気が弱そうだがとても優しそうな少年だった。その少年の足元に別の少年が倒れている。
「ぼ、僕は何も・・・」
立っている少年は、今にも倒れそうな顔色と震える声で必死に訴えている。
顰め面の男性教師が周りに集まっている子供たちを追い払うように手を振っている。
「ほら、お前たち!もう授業が始まってるんだぞ!自分の教室に戻れ!」
集まっていた子供たちは、名残惜しそうにポツポツと戻りだし、そこには震えている少年と倒れている少年、腕を組んで難しい顔をしている男性教師、そして心配そうに倒れた少年の様子を見ている若い女性教師だけが残った。
「それで、何があったんだ?」
男性教師の問いかけに震えている少年が絞り出すような声で応える。
「わからないんです。ただ一緒に歩いていたら急に倒れてしまって・・・」
倒れている少年の様子を見てた女性教師が難しい顔で男性教師を見上げる。
「私では対処しきれません。救急を要請します」
「救急?あまり大事にはしたくないんが・・・」
「何を言ってるんですか!生徒の安全が第一ではないですか!」
「わ、わかった。すぐに連絡する」
携帯電話を取り出しながら男性教師は少し離れた場所へ移動した。
そこに、金髪碧眼の美少女と何故かいるはずのない高校生らしい二人の少年が現れた。リュウとリンを引き連れたカノンだった。実は、カノンを迎えに来るという口実を作って小学校に入り込み、何か解決の糸口が見つからないものかと学校内を歩き回っていたところ、この状況に鉢合わせたのだった。
三人とも詳しい状況はよくわからなかったが、何か良くないことが起こっていることは理解した。カノンとリンは、震えている少年と倒れている少年に気を取られていたので気がつかなかったが、リュウは一人だけ別の人物を見て呆けたように固まっていた。
「ハルカ先生」
カノンが女性教師に向けてそう声をかけた。
「ハルカ・・・」
リュウが小さな声で何かを確かめるように呟く。
ハルカと呼ばれた女性教師は、驚いたように顔を上げ、そこで一瞬固まった。その視線の先は、呼びかけたカノンにではなくその隣にいるリュウに向けられているようだった。
「ハルカ先生?」
カノンがもう一度呼びかけると、ハッとした表情になりやっと視線をカノンへと向けた。
「シュミットさん!?あなた、大丈夫なの?」
リュウとリンが不思議そうに顔を見合せる。
「シュミット?」
リュウが首を傾げながらそう呟いた。リンも眉を顰めている。そんな二人の戸惑いなど何処吹く風でカノンは話を続ける。
「はい。わたしは大丈夫です。兄たちに迎えに来てもらってこれから帰ろうとしていたところです。それより、何があったんですか?その子は大丈夫ですか?息はありますか?」
矢継ぎ早に質問するカノンに気圧されて、ハルカはカノンの前半の言葉に対する疑問をいったん保留にした。何よりも目の前の状況の方が優先される。疑問は後で追及すればいいだろう。
「そうね・・・。呼吸は問題ないみたいだけど呼びかけても反応がないのよね。ちょっと心配な状況だから、今、救急車を呼んでもらってるのよ」
「そうですか・・・。ちょっと診てもいいですか?」
「えっ?みる?何を」
「その子をです」
「えっ?でも、それはーーー」
動揺するハルカを落ち着かせるように、リュウがしゃがみこんで視線を合わせた。
「大丈夫。大丈夫だから」
ゆっくりと優しい声音でリュウはハルカにそう言った。ただそれだけなのに、なぜか落ち着いてくるのをハルカは感じた。初めて会う少年のはずなのに、ずっと前から知っているような不思議な感覚がある。
「カノン!色々聞きたいことはあるけど、とりあえずこの状況どうにかするぞ」
「うん」
「それで、どうするんですか?」
「今考え中」
「何か考えがあって介入したんじゃないんですか?」
リンが少し呆れ気味に二人に問いかける。
リュウが立ち上がり、震えてる少年の両肩に手をかけ、目線を合わせてから話しかけた。
「怖かったな。急に友達が倒れたらそりゃ誰だって驚くよな」
優しい声で少年に話しかけ安心させるように笑顔を向けた。その顔を見てホッとしたのか少年の震えが止まり肩から力が抜けていくのがわかる。
そこにリンもやってきて、彼もまた優しい手つきで少年の頭に手を乗せた。その瞬間、リンの表情が変わった。目ざとくその変化に気づいたリュウが少年の肩から手を離し、リンの顔を覗き込む。その瞬間にもリンは、微かな変化を見せた。リュウはリンのそんな些細な変化も感じとっていた。
「リン。どうした?」
「いえ。何か違和感のようなものを感じて・・・」
自分の掌をまじまじと見ながリンは首を傾げた。そして、ふと何かに気がついたように倒れている少年を振り返る。
「リン?」
リンは、導かれるように倒れている少年の横に膝を着くとその掌を少年の胸の辺りにかざした。
リュウが震えている少年の手を引いてその近くへとよる。手を繋いでいない方の手をリンの肩に乗せると何かが彼の方へと流れ込んでいくのを感じた。少年にも何か感じられたのか二人のことを交互にみやり、最終的には祈るような眼差しを倒れている少年に向けた。今ここにある空間は何者も犯すことの出来ないもののように思え、誰もが静かにことの成り行きを見守った。
しばらくすると、倒れていた少年の瞼が震え、ゆっくりと目を開けた。
「佐藤君!」
ハルカの喜びを含んだ声に佐藤は目をパチパチさせたあと不思議そうに辺りを見回した。
「あれ?なんかあったの?」
そして今にも泣きそうな少年を見つけて心配そうに見上げた。
「ショウ。どうしたの?どこか痛い?」
ショウと呼ばれた少年はブンブンと頭を振って佐藤に抱きついた。
「良かった。本当に、良かった・・・」
ついには泣き出したショウを戸惑いながらも抱き締め返し、佐藤はその背中をポンポンと落ち着かせるように叩いた。
「よく分かんないけど大丈夫だから。なっ?」
ようやく顔を上げたショウと佐藤の視線があい、どちらかともなく笑顔になった。やっと穏やかな雰囲気が辺りに落ちる。
そんな中、リンは未だに自分の手を開いたり閉じたりしながら見つめ続けていた。
「なあ、カノン。さっきのってなんだったんだ?」
リュウは隣にいるカノンに静かに問いかけた。
「わからない。けど、リンくんもコウくんとの付き合いは長いの?」
「ああ、まあな。それにアイツああ見えてかなりの子供好きだから、コウのことめちゃくちゃ可愛がってたしな」
「そう・・・」
何かを考え込むように押し黙るカノンとリンをリュウは、静かに見つめていた。




