2-1
一見、何の変哲もない小学校に見える。その小学校の門をランドセルを背負った金髪碧眼の美少女がくぐる。質素な服装だが、見る人が見れば上質な素材で製法されていることがわかるだろう。
「おはようございます」
少女が、門の前に立っていた教師に挨拶をした。
「ああ、おはよう」
強面の教師もその表情が柔らかくなる。そこに制服を着た高校生らしき二人の少年が駆け寄ってくる。
「カノン!忘れ物だぞ!」
薄茶色の髪の毛が陽の光に照らされて金色にも見える少年が、小さな袋を掲げながら少女の前で立ち止まった。
「あら?リュウお兄様にリンお兄様。わざわざありがとうございます」
その言葉に、もう一人の少年が苦虫を潰したような表情を浮かべたがすぐに元のクールな表情に戻った。その様子を見た茶髪の少年は、笑いをこらえるように肩を震わせている。
側から見ると絵画を切り取ったかのような非日常感がその三人にはあった。登校してきている他の小学生たちは、三人に目を奪われるが、本能で近寄ってはいけないと感じていた。だから誰もが遠巻きに彼らを見ていた。
少女が挨拶した教師ですら自分がどこにいるのか一瞬忘れるほどだ。
「おう。じゃあ勉強頑張るんだぞ」
「カノン。気をつけて」
そう言いながら手をヒラヒラと振って少年二人は門から離れていく。その様子を見ながらカノンはポツリと呟いた。
「任せておいて」
その小さなつぶやきは誰にも聞こえなかったが、少女の瞳には強い意志が宿っていた。
小学校から少し離れたところで二人の少年、リュウとリンは立ち止った。
「こんな茶番、する必要あるんですか?」
リンが不服気にリュウに言う。
「ま、要はカノンと俺たちが関係あると印象付けられればいいんだよ」
「あまり効果はないような気もしますが」
「なくてもいいんだよ。ただ何もしないよりかはな」
三人の作戦はこうだった。
カノンは容姿も相まってとても目立つ生徒だ。だから、自然と誰もがカノンの動向を気にしてしまう。そんなカノンの身内だと印象付けられれば、小学校内でリュウとリンを見かけてもカノンを迎えに来ただけだと思ってもらえるんじゃないのかと考えた。子供たちの浅はかな考えではあるが、カノンのみならずリュウとリンもかなり目立つ容姿をしているため妙な説得力があった。
「あとは、カノンの守備次第だな」
「そうですね」
二人は、小学校からほど近いところでカノンからの連絡を待つこととした。
一方、カノンは登校後しばらくはおとなしく授業を受けていた。昼休みになったあたりで意を決して行動を起こした。
カノンの姿は保健室前にあった。気持ちを落ち着かせるように大きく深呼吸をしてから、そっと保健室のドアを叩く。
「どうぞ」
中から女性の柔らかい声が返ってきてカノンの表情も少しだけ和らぐ。そしてすぐに、とても具合が悪そうな表情を繕う。
「失礼します」
カノンが、重い足取りで保健室の中に入っていくと養護教諭の女性はとても驚いた顔をしてカノンを迎えた。
「まあまあ、どうしたの?顔が真っ青よ。大丈夫?ああ、違うわね。大丈夫じゃないからここに来たのね」
自分から質問をして、それでいて自分の中で勝手に答えを出して一人女性は納得している。カノンは、これから先生に対してちょっとした嘘を言わなくてはいけないことに対して緊張していただけなのだが、それが逆にリアリティを出していたようでまったく疑われる気配がない。
「さあさあ、こちらに来て靴を脱いでベッドに横になりなさい」
カノンが何か言う前から女性はてきぱきと指示を出して、気づけばいつの間にやらカノンはベッドに寝かされていた。
「はい。じゃあ、まずお熱、測ってみましょうね」
もちろんカノンは発熱などしていない。だから、当然の結果として体温計は正常な数値を示している。
「あらあら?お熱はないみたいね。良かったわ。じゃあ、おなかが痛い?」
カノンは、後ろめたさを感じながらもおずおずと頷いた。
「そうなのね。じゃあ、しばらく休んで治らないようだったらお家の方に迎えに来てもらいましょうか?」
「はい・・・」消え入りそうな声でカノンは答える。
それからしばらくカノンは、どうやって次の段階に進めようかとそのことばかりを考えていて本当に具合が悪くなりそうだった。
五時間目が終わったあたりで、保健室をノックする音が聞こえた。
「どうぞ~」
養護教諭が声をかけると「失礼します」と遠慮がちに声をかけて若い女性教師が中に入ってきた。
「あの、私のクラスの生徒がお世話になってると思うのですが」
「ああ、あの子の担任の先生ね」
「それで、具合はどうでしょうか?」
「そうね。お熱はないようだけど、具合はあまりよくなさそうね。もう少し様子見て、クラスに戻れなそうだったら、こちらからご家族に連絡して迎えに来てもらいますね」
「そうですか。わかりました。どうぞよろしくお願いいたします」
それだけ言うと、女性教師は心配そうにカーテンが閉められたベッドの方に視線を向けてから静かに保健室を出て行った。
それからしばらくは静かな時間だけが流れていた。カノンは、ベッドの中で右手に握られているメモを見ていた。
「さてと」
養護教諭は、ゆっくりと腰を上げるとカノンが寝ているベッドの近くまで来てカーテン越しにカノンに声をかけた。
「調子はどうかしら?」
カノンは、そっとカーテンを開けると顔を覗かせた。
「うーん。顔色はまだ悪いわね。お家の人に連絡して迎えに来てもらうわね」
「はい・・・」
そして、ここがカノンの一番の正念場だった。
「あの。迎えなんですけど、ここに連絡してもらってもいいですか?」
カノンは、緊張した面持ちで手に握りしめていた紙切れを手渡した。
養護教諭は、しばらく目をぱちぱちさせて驚いているようだったが、最終的には優しい笑顔を見せ頷いた。その笑顔を見て、カノンはホッとしたと同時に、こんなに優しい先生を騙すことになって申し訳ない気持ちでいっぱいになり涙が出そうになった。
養護教諭が電話をかけている。それを見ながらカノンは、なるべく先生に迷惑をかけないようにしようと誓った。




