1‐4
静かな空間に鈴を鳴らすような声だけが響いている。
「我が一族は、王杯をお護りするために存在しておる。王杯が産まれると同時にこの百目鬼家にも守護者が産まれる。それが、今世では我と言うことじゃ。守護者は、物心がつく頃に王杯の存在を認識するが、それまでは、我が守護者だと気付くものはおらぬ。守護者の存在が確認されればそこから迅速に事が運び出す。我は王杯の側付きになるべく王杯のいる街へと参った。王杯には余計な情報を与えることはせず、付かず離れず見護っておったのだが、予期せぬ事態に陥った。それが、王杯の失踪じゃ」
それまで静かに聴いていたリンが口を挟む。
「カノン、あなたは僕たちがすべて知っていることを前提で話してませんか?」
「知らぬのか?」
「まったく」
「それは・・・」
「そういうところを見るとあなたはまだまだ子供ですね」
明らかに同年代の子供たちより大人びているカノンだが、リンの言葉に文字通り子供らしい反応を示す。
「子供ではない!我はーーー」
「それ」
「?」
「その喋り方ですよ。小学校でもそうなのですか?」
「これは百目鬼家の当主としてーーー」
「当主?あなたが?」
「そうじゃ。守護者となった時点で我が当主となった」
そこまで大人しく二人のやりとりを聞いていたリュウが、ポンとカノンの頭に手を乗せて優しく撫でる。
「そっか。なんか知んねーけど偉いな。でも、俺らの前ではそんな気を張らなくていいぞ」
ニッコリと微笑むリュウに対して頬を赤らめたカノンは、リュウから慌てて離れる。
「べ、別に気なんて張ってないもん」
「うん。そっちの方が可愛い」
「かっ、かわ・・・!」
リュウの言葉に慌てるカノンを横目で見て、リンは深い溜息を吐いた。
「リュウ。あなたって本当に天然のタラシですよね」
「はあ?何人聞き悪いこと言ってんだよ」
「そう言うとこですよ」
わけわかんねえとボヤくリュウを置き去りにしてリンは改めてカノンと向き合う。
「リュウも言っていたようにあなたの言葉で話をして下さい」
「でも・・・」
それでも躊躇うカノンの頭をリュウが再び撫でる。
「ゆっくりでいいから。話が纏まってなくてもいいから。カノン。話してごらん」
その言葉にカノンはゆっくりと頷いた。
「わたしには生まれた時からの記憶があるの。ううん。産まれる前からかな?とにかく、生まれた瞬間に、王杯を護らなくちゃって思ったの」
「先ほどは物心がついた頃って言ってましたよね?」
「うん。だけど、わたしは自分でもわからないうちから王杯のことを考えてたの。でも、さすがに生まれてすぐに話すことができなかったから。もし話せたらもっと早く王杯を見つけることができたんだけど・・・」
「その王杯っつーのがわかんねえんだけど」
「王杯は、そばにいるだけで皆んなが幸せになれる人のこと」
「みんなと言うのは大袈裟でしょうが、誰かにとってのそう言う人物というのは結構いるんじゃないですか?」
「ううん。違うの。文字通りどんな人でもなの」
「そんな人本当にいるんですか?」
「リンくん。あなたは誰も思い浮かばない?とっても身近にいたんじゃないの?」
リンは少し考えた後、ハッとして顔を上げた。
「もしかして、それって・・・」
「コウ、だろ?」
あたかも当たり前のようにリュウが答える。
「そう。コウ君がその王杯なの。彼は、本当に特別な人なの。でも、あの子が転入してきて全てが変わったの。きっとあの子が空杯・・・」
「空杯?」
「おそらく、カノンの言葉を信じるのならコウとは真逆の性質を持った子なのでしょう」
カノンは、静かに頷いた。
「彼女が転校してきた時にすぐにわかったの。多分、コウ君も何か感じるところがあったみたいで彼女のことをすごく気にかけてた。彼女は、なるべく一人でいようとしてたんだけど、コウ君がそれを許さなかったの」
「ハハ。何かそれってマジでコウっぽい」
「確かに」
「そうなんだよね」
三人同時に納得したように頷くとそれぞれの目が合った。
「ハハハ。何だよ皆んなコウのこと大好きだな」
「当たり前でしょう。僕にとっても弟のようなものなんですから」
「わたしは・・・」
顔を真っ赤にして俯くカノンを見て、リュウとリンは顔を見合わせると優しい眼差しを向けた。
「で、何だっけ?」
「そ、そう。その空杯が転校してきてからクラスは普通になったの」
「普通って何です。それまでが異常だったんですか?」
「うん。コウ君がいたから」
「何でコウがいると異常なんだ」
「だから、それはコウ君が王杯だから」
「そうそうそれ!コウが王杯って何だよ。そもそも王杯が何なのかさっぱりわかんねー」
「だからーー」
「周りのみんなを幸せにできる存在。みたいなもんだろ?でも、そもそも何でそんなことになんだ?」
「それは・・・」
カノンは、少しの沈黙ののち頭の中の整理がついたのかしっかりした視線を二人へと向けた。
「二人は人が生まれながらに持っている器のことは知ってる?わたしたちはそのことを『幸運の器』って呼んでるんだけど」
二人は顔を見合わせるが、お互いに知らないことを理解しカノンに視線を戻し先を促した。
「人は生まれるときに、幸運を貯めておく受け皿のようなものがその魂に刻まれるの。その器の中には半分だけ幸運が入ってるって言われてるの。そして、その人の言動によって幸運の量が増えたり減ったりするの」
「それで?」
「大雑把に言うと王杯と言うのは、常に幸運がいっぱいで減る事がない人のこと。逆に空杯は、まったく幸運が入っていない人のことを言うの」
「それって、何かどっちも大変な気がするな」
「そんなこと言うのはおそらくリュウくらいでしょう」
「何でだよ」
「空杯はともかく王杯だったら常にラッキー状態ってことでしょ。いいことじゃないですか」
「うーん。まあそうなんだけど。でもさ、それってちょっとずるくね?とも思っちまうんだよな」
「まあ、確かにそうですが・・・」
「ま、考えても仕方ねーことは一旦置いといて、話の続きだ」
そういうと、リュウはカノンに視線を向けて先を促した。
カノンが頷き、続きを話し出す。
「百目鬼家は、代々王杯の守護者を務めているから器に関する研究もたくさんしてるの。その中で、空杯というものが存在するってことがわかったんだけど、実は詳しいことはまだ研究中なの。ごめんなさい」
「謝る必要はねえよ。王杯っつーやつのことは何となくイメージはできっけど、それとコウの失踪とは結びつくもんなのか?カノンはコウの行方はわかってるのか?」
「それが、本来なら守護者のわたしになら王杯の居場所が何となくわかるんだけど、空杯が来てからはそれがよくわからなくなっちゃって」
「なるほど。その空杯と言うのが少なからず関係してそうですね。僕たちとしては、コウの行方しか探してなかったですが、今の話を聞くと二人が一緒にいる可能性が高くなりましたね」
「うん。そうなの。多分今も二人は一緒にいるはず」
「ちょっと待てよ!と言うことは、同じ学校で二人も行方不明者がいるってことか!?何であんまり騒ぎになってないんだよ!」
「確かに。何か裏がありそうですね」
チラリとカノンの方を見たリンは何かに気づいたように口を噤んだ。
カノンは逡巡する様子を見せたが、意を決したように真っ直ぐにリュウに向きあった。
「ごめんなさい」
「へっ?」
「コウくんたちが行方不明になった事に対して規制をかけてるのは百目鬼家なの」
「どう言う事だ?」
「百目鬼家にとって王杯は本当に大切な存在なの。でも、それは百目鬼家だけに限ったことじゃないの。『幸運の器』に関わる人たちにとっては喉から手が出るほどの存在だから・・・」
「百目鬼家という守護者がいない状態のコウは、今マジで無防備な状態ってことか?」
「うん。コウくんが王杯だとはたぶんまだ気づかれてはいないと思うんだけど、コウくんが行方不明だという事実は極力伏せておきたいの」
「もしかして、うちの両親にも何か働きかけたりしたか?」
「・・・うん。百目鬼家が全力を挙げて探し出すって・・・」
「あー、なるほど、そういうことか。だから二人とも思ったよりも落ち着いてたのか」
「そうですね」
「その件に関しては、分かったけどほかに何か分かったことはあるか?」
カノンは、考えるように目をつむるとほどなくしてハッとしたように目を開いた。
「器に関してはまだ全てが解き明かされたわけではないんだけど、王杯と空杯が同じ空間にいる事で気がづいたことがあるの。二つの器が一緒にいることで効力が打ち消し合うと言うか、なかったことになると言うか、とにかくさっき言ったように『普通』になるみたいなの」
「『普通』って別にいいじゃねぇか」
「そう。いい事なの。特に空杯にとっては天地ほどの差なの」
カノンの言葉に、リュウは何かに気がづいたように頷いた。
「なるほどな。だから、コウがその空杯の子を連れ出したのか」
「どう言うことですか、リュウ」
「うーん。詳しいことはわかんねーけど、コウはその空杯の子の『普通』を守ってあげたかったんじゃねーか。その子にとってかけがえのない『普通』を壊そうとする何かから」
二人から声にならない声が上がった。
「まてまてまて、リュウ!じゃあコウは自分の意思でいなくなったってことか!?」
「リン。お前興奮しすぎて口調変わってるぞ」
「そんなのはどうでもいいんだよ!コウが自らの意思でいなくなったんなら探す意味ないだろう!」
「んなことねーよ。ほら、かくれんぼだって探してもらえないと寂しいだろ?」
「これは遊びじゃないんだぞ!」
「そうだな。遊びじゃない。だから、本気で探して俺らが二人とも守ってやりゃーいい」
「リュウ・・・」
「というわけだ。カノン。お前、ほかに何か気づいたことねーか?」
「実は、これはコウくんたちとは関係ないと思うんだけど、それでもちょっと気にることがあって・・・」
「何だ?」
「学校で、ちょっと異常なことが起こってるの」
「そりぁ子供が二人も行方不明なんですから異常でしょう」
「そうなんだけど。それとは別の異常事態と言うか・・・」
「何だ?歯切れが悪いな」
「うん・・・。あのね、つい最近転校してきたある六年生の男の子のことなんだけど、その子はすっごくいい子なの」
「それで」
「その子、ショウくんって言うんだけど、その子はすごいラッキーな子でコウくんに匹敵するくらいの幸運の持ち主なの。だけど、コウくんと違うのは、ショウくんの周りでは不幸なことが続いてるの」
「不幸ね。例えば」
「例えば、クラスメイトが骨折したり、重い病気にかかったり、ご家族に不幸があったり」
「それは確かに不幸が量産されてますね」
「でもね、それがショウくんのせいって誰も思ってないの」
「それはそうでしょう。単に不幸が続いただけじゃないんですか?」
「そうなんだけどね。でも、言葉では表せない違和感みたいなものがあって・・・」
「うーん、なんかさ、わかんねーけど。そのショウって子が周りの幸運を吸い上げちまってるみてーだな」
カノンがハッと目を見開く。
「そう!そうなの!だから、もしかしたらショウくんも何か特別な器の持ち主なんじゃないかって思って調べてみたけどよくわからなくて・・・」
「百目鬼家には器に関する資料がたくさんあるんですか?」
「多分、日本の中では一番あると思う」
「それらを見せてもらうことは?」
「もちろん。そのつもりで着いてきてもらったから」
「では、早速見せてもらいましょうか」
カノンは、緊張した面持ちで頷くと静かに立ち上がり壁に掛けてあった一輪挿しを操作した。
ゴゴゴゴゴゴゴ
低く響くような音をさせながら茶室の一角に地下へと続く階段が出現した。カノンは、躊躇なくその中へと入っていく。リュウとリンは顔を見合わせると、意を決してカノンの後へと続いた。




