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明らかに高級車と思われる車の中に先の三人の姿はあった。
「えーっと、何だ?その・・・」
何かを言い淀むリュウの姿を見て少女が口を開く。
「カノンじゃ」
「えっ?」
「我の名を知りたいのであろう?カノン。それが我の名じゃ」
「そっか。カノンか。良い名だな。オレはリュウ。そんで、この仏頂面なのがリン。よろしくな」
ニッコリと微笑むリュウに対して微かにカノンの頬が染まる。変わらずに警戒しているリンはそれでも尚厳しい視線をカノンに向けていた。
リュウは、他愛もない話をカノンにしてはどんどんとその心を解きほぐしていっているようだった。
しばらくすると、延々と続くような塀に囲まれた門の前に着いた。音もなく開門すると車は当然のようにその中へ吸い込まれていく。
「何となくそんな気はしてたけど、カノンの家って金持ちなんだな」
感心したように辺りを見回すリュウに対して、リンは大きなため息をついた。
「百目鬼家の方だったんですね」
静かにカノンをまっすぐ見据えたリンにカノンは頷いた。
「どーめきけ?」
一人ポカンとしているリュウを無視するようにリンは続ける。
「百目鬼家と言えば、公にはあまり知られてはいませんが、日本屈指の名家として名高い家柄の一つです。それよりも、その名家がどうしてコウのことを気にかけるのです。僕はてっきりあなたがコウを連れ去ったのかと考えたのですがーーー違うのですよね?」
「なるほど。見解の相違があったようじゃな。一先ず、その話は相応しい場に着いてからじゃ」
「相応しい場所ってどこだ?」
「我の後について参れ」
車から降りるとカノンはスタスタと森のようになっている庭を迷いなく進んでいく。二人はひとまず大人しく着いていくことに決めたようで、付かず離れずの距離を保ちつつカノンの後をついていった。
しばらくすると少しだけ開けた場所に着いた。そこには、こぢんまりとした日本家屋が建っていた。
「茶室ですね」
リンの言葉にカノンは静かに頷いた。
そして、にじり口からカノンが中へと入っていった。
「なあリン。何でこんなに入り口狭いんだ?」
「茶の席では誰もが皆平等だ、と言うことを示すためだと聞いたことがあります。刀を差していた時代には、武器などを持ち込めないようにする、という意味もあったみたいですけどね。現代だったらいくらでも小型の武器などがありますから何の意味もなさそうですが。ーーー例えばこれなんか」
と、いつのまにかリンの手の中にはカッターナイフが握られていた。
「おいリン。何でそんなもん持ってんだよ。んなもん必要ないだろ」
「念の為ですよ」
カッターナイフをポケットにしまったリンがカノンに続いてにじり口へと近づくと不思議なことが起こった。
中へ入ろうとするリンがその場で足踏みを始めたのだ。
「リン、何してんだ?」
「何って、中へ入ろうとしているだけですよ」
言葉とは裏腹に身体は一向に前へと進まない。すると、にじり口からカノンが顔を覗かせた。
「そなた、何かしらの武器を持っておるな。ここはいかなる武器も持ち込むことが許されない空間じゃ。大人しく武器を置いて入って参れ」
それだけ言うと、カノンは再び顔を引っ込めた。
「仕方ありませんね」
リンはポケットからカッターナイフを取り出すと地面の上に置いた。
「出てきた時に無くなってたら抗議しましょう」
そう云いながら中へ入っていくリンにリュウも続こうとした。ふと、立ち止まると地面の上に置かれたままのカッターナイフを手に取る。
「ここに置きっぱなしでネコとかが持ってったら危ないよな。どうすっかな・・・」
無意識でカッターナイフをポケットに入れたリュウは、中のカノンにどこか良い置き場所がないか聞こうとにじり口に手をかけた。
にじり口からリュウが顔を覗かせた。
「何をしているんですか。遅いですよ」
そのまま中へとリュウが入ってくる。
「いやだからさ。コレ置きっぱなしだと危ないと思ってカノンにどっかいい置き場所ないか聞こうかと・・・」
そう言いながらポケットからカッターナイフを取り出したリュウに中の二人は揃って余り人には見せないであろうポカンとした表情を見せた。
「何だ?二人とも仲良く同じような顔して?」
手の中でカッターナイフを弄びながらリュウはリンの隣へと腰を下ろした。
「リュウ。どうしてそれを中に持ってこられたんですか?」
「それ?」
一瞬考えた後、リュウがあぁと納得した表情で手の中を見た。
「何でだろうな?もしかして、武器を持ち込めないって言うのは嘘だったとか?」
ようやくそこで立ち直ったようにカノンが声を上げた。
「それはあり得ぬ。お主何をした!?」
「だから何もしてないって。だってカッターって武器になるのか?」
そこで何か納得したようにカノンは一つ頷いた。
「なるほど。我も予想外ではあったが、概ねの予測はついた。要は、その者がそれを武器と思うかどうかと言うことじゃろう」
「なるほど。もう一度僕がそれを持ってみたらわかるかもしれませんね」
そう言うと、リンはリュウの手からカッターナイフを取り上げた。その瞬間、リンの体は吹き飛ばされるように茶室の外へと追い出された。しばらくすると、しかめ面のリンが再び茶室の中に戻ってきた。
「理解しましたよ。この茶室は、武器というよりその人となりを見てるということですね」
少し不貞腐れ気味のリンが、リュウの隣に座る。
「そういうことのようじゃな。我もお主のお陰で本質を理解することができた。礼を申す」
綺麗なお辞儀をするカノンにリュウは面食らう。
「いや、ちょっと待て!オレは理解できてないんだけど!」
ポンとリンがリュウの肩に手を置き、神妙な面持ちで頷いた。
「リュウ。あなたはそのままでいて下さい」
納得いかない表情のリュウを置き去りにして、この話はここで終わりというように、カノンが一つ手を叩いた。
すると、三人の前に抹茶の入った茶器がどこからともなく現れた。
カノンはその茶器を優雅な所作で手に取ると二人にも促すように視線を向けた。
「少し長い話になるゆえ、茶でも飲みながら話すこととしよう」




