2-5
ショウのクラスでは、その後もいくつかの不審な事故が続いていた。しかし、誰もそれをショウと結びつけて考えるものはいなかった。カノン以外ではただ一人を除いては。
カノンは休み時間ごとにショウのクラスの辺りをうろついていた。だから、同じように不自然にこの辺りをウロウロしている人物にすぐに気がついた。向こうの方は、ショウのことを気にするあまりカノンには気づいていないようだった。カノンは思い切って声をかけてみることにした。
「ハルカ先生」
相手は心底驚いたように肩を跳ね上げさせて振り向いた。
「あ、あぁ。シュミットさん。どうしたのこんな所で。誰かに用があるの?」
明らかに動揺しているハルカを見て、逆にカノンは落ち着いてきた。そして、ハルカの様子をしばらく観察して意を決して口を開いた。
「先生はもしかしてショウくんのことを見張ってるの?」
「えっ?」
虚をつかれたのかハルカは言葉につまる。
「え、えーと。見張るってどうして?塚越君は何も悪いことなんてしてないわよ」
「先生。わたしはショウくんと言っただけでツカゴシショウくんとは言ってないよ?」
無垢で無知な表情をつくって小首まで傾げてハルカに問いかける。最近は、リュウとリンといることで彼らの大胆さが自分にも備わってきていることを実感している。今までだったら、騙しているようで気が引けてしまっていたが、今はその罪悪感も含めて背負っていく覚悟を決めていた。
「えっ?そ、そうだったかしら?べ、別に先生は見張ってる訳じゃないのよ。ただアキラ先生に頼まれて・・・」
「アキラ先生?」
今度は、本当にわからない人名がでてきて自然に小首を傾げていた。
「あっ!」
そこで、ハルカは慌てて口を噤むが、カノンの表情を見れば引く気がないのが見て取れた。しばし逡巡した結果、ハルカは決意を固めた。それに、なぜかカノンには聞いてもらいたいとも思えたからだ。
「アキラ先生というのはね、私の恩師なの。そして、塚越君のお父様でもあるの」
「先生って隠し事、できないタイプだよね」
「そんなこと!な、い、と思うけど・・・」
カノンの中でハルカに対する好感度が上がるのを感じた。だから、自分の立場を話してみようかという気になった。
「先生」
「ん?どうしたの?」
カノンの真剣な表情を見て、ハルカもすっかり教師の顔に戻った。
「聞いてもらいたいことが、あります」
今のカノンの表情は普通の小学生のそれではなかった。ともすれば、自分よりも年上と対峙するようにも感じられて、自然と背筋が伸び緊張が走る。
「・・・わかったわ。ちょっと込み入ってそうだから、放課後ゆっくりお話を聞かせてちょうだい」
「はい。また放課後に」
手を振って戻っていくカノンを見て、ハルカは複雑そうな表情を浮かべていた。
そして、その日の放課後、カノンとハルカは滅多に人が来ない空き教室にいた。二人は向かい合うように座っている。なぜかハルカはとても緊張した面持ちをしている。カノンの方がリラックスしているくらいだ。
「早速なのですが、ハルカ先生とショウくんはどういったご関係ですか?」
カノンが口火を切ってそう尋ねた。
「あら?質問から入るの?何か話があったんじゃないかしら?」
「そうなんですけど、その前にはっきりさせておきたいことだから」
ハルカは、ニッコリ微笑むと「そうね」と呟いてから居住まいを正した。
「シュミットさんは、塚越君のことについて何を知っているのかしら?」
「質問に質問で返すのずるいですよ」
「ごめんなさいね。でも私は先生だから生徒のことについておいそれと話すわけにはいかないのよ。だから、シュミットさんが何か困っているならそれを教えて。先生で良ければ力になるから」
カノンはしばらく考える素振りをみせると、徐にスマホを取り出した。もちろん、学校にスマホを持ってくることは禁じられている。
「シュミットさん」
ハルカの少し非難するような表情を無視する形で何処かへと電話をかけた。相手が出たのかカノンは「今すぐ小学校に来て」とだけ言ってすぐに切った。そして、ハルカと改めて向き合った。
「ハルカ先生。少しだけ待ってもらってもいいですか?」
カノンはそれだけ言うと口を閉ざしてしまった。
しばらくすると、廊下をドタバタと走る音が聞こえ、それはすごい勢いで近づいてきていた。ガラリと乱暴に扉が開かれると、そこには息を切らした二人の少年がいた。リュウとリンだった。
「カノン!大丈夫か!?」
リュウがいの一番で問いただすが、リンに肩を叩かれ目の前の光景に首を傾げる。
そこにはどう見ても緊迫した状況は見て取れなかったからだ。そして、カノンと一緒にいる女性を確認してまた固まってしまった。
「そんなところに突っ立ってないでこっちに来て座ったら?」
カノンに促され、半ばリンに引っ張られるようにリュウも二人に近づき空いている席に腰を下ろした。
「先生。ごめんなさい」
カノンがいきなりハルカに頭を下げた。
「えっ?どうしたの?いきなり」
カノンは上目遣いに少し潤んだ目でハルカを見た。
「この間、先生に嘘ついちゃったんです」
「嘘?」
「はい。実は、この二人わたしのお兄ちゃんじゃないんです」
「ああ、そのこと。それは最初からわかってたからいいのよ。何か事情があるんでしょう?」
「えっ!そうだったのか?俺らめっちゃ恥ずくないか?」
「僕はある程度予測はついてましたけどね。学校の先生なら生徒の家族構成くらい知ってるでしょうし」
「お前、そういうことは先に言えって」
「とにかく」
カノンが仕切り直すように一度手を叩く。
「改めて二人のことを先生に紹介したいんです。とっても重要な事だから」
ハルカも何かを感じ取ったのか、背筋を伸ばした。
「聞かせてちょうだい」
「じゃあ、改めて紹介します。こっちのちょっとチャラい感じ・・・」
「おい、待て!チャラいってーーー」
「まだ、チャラいしか言ってないけど。実は自分でもちょっとそう思ってたの、リュウくん?」
「・・・」
カノンはクスクス笑いながら拗ねてしまったリュウを見ている。リンはリンで隣で必死で笑いをこらえているようだった。
「ということで、こっちの人が『兼田竜生』くん。で、こっちの真面目そうな人が『善哉凛禰』くん。そして、こちらがわたしたちの担任の『神谷悠佳』先生」
「兼田・・・」
ハルカがつぶやく。その言葉を受けてカノンが頷く。
「そうなの。リュウくんは、コウくん、兼田幸生くんの本当のお兄ちゃんなの」
「そうなのね。だから・・・」
ハルカは申し訳なさそうにリュウの方を見た。その様子を見て、リュウは慌てる。
「別にコウがいなくなったのはセンセのせいじゃねーよ。うちの両親なんてセンセに感謝してるくらいだし。だから、そんな顔しないで欲しいんだけど」
「私は何も・・・。本当に何も出来なくて・・・」
うっすらと涙を浮かべるハルカにリュウは更に慌てたように繕う。
「だから!センセのせいじゃねーって!」
ハルカの両腕をそっと掴んで、その瞳を覗き込む。
「むしろこっちが迷惑かけてんだからそんな顔すんな。な、頼むから」
ハルカが驚いたようにリュウを見ると、リュウは照れたように目を逸らしハルカの腕をつかんだ時と同じようにそっと離した。
「まあ、だから、なんだ?とにかく、コウのことはオレらが見つけるから心配すんな」
それまで成り行きを見守っていたリンが口を開いた。
「そのためにも、情報が必要です。先生はツカゴシ少年について、普通の生徒以上のことをご存知ですよね?」
リンの断定的な物言いに気圧されたのか、ハルカは戸惑いながらも頷いた。
「ハルカ先生。わたしたちはコウくん達が居なくなったのはショウくんと何か関係があるんじゃないのかなって思ってるの」
「頼む。何か知ってることがあったら話してくれねーか?」
ハルカは何かを逡巡するように視線を漂わせていたが、三人の真剣な顔を前にしてその表情に変化が現れた。
「わかったわ。私の話が何か役に立つか分からないけど、知っていることなら話すわ」
「ハルセンセ、サンキューな」
何の衒いもないリュウの笑顔にハルカの頬は淡く染った。
「リュウ。会ったばかりなのに、ちょっと馴れ馴れしいんじゃないですか?」
「そうか?でも、オレ、多分ハルセンセが好きなんだと思う」
「えっ?」「はっ?」「えぇー!」
「そんな驚くことないだろ?一目惚れ?まあ、そんな感じ。だから、オレはハルセンセのこともっと知りたい」
「あのですね、リュウ。あなたは自由人だとは思ってましたが、ここまでとは・・・」
「別にいいだろ?オレが誰を好きになろうとも」
「それは構いませんよ。寧ろ今までそう言った話がなかった方が不思議なくらいですから・・・。じゃ無くてですねーーー」
「ハルセンセ。オレ、なるべく迷惑はかけないよーにすっから好きでいてもいい?」
「えっと、あの・・・」
「あっ!言っとくけど別にからかってるわけじゃないからな。オレは、ハルセンセがマジで好きです」
「リュウ。迷惑かけないんじゃないんですか?」
「それって、オレがハルセンセ好きだと迷惑ってことか?」
リンはチラリとハルカを見ると肩を竦めただけで何も答えなかった。
「それよりも、ツカゴシショウ君に関して何でもいいので教えてください」
不服そうにしていたリュウも真剣な表情に戻るとハルカを真っ直ぐに見つめ頷いた。
ハルカも三人を見回すと一度頷き話し始めた。
「実は塚越君のことは生まれた時から知っているの。私が先生ーーーアキラ先生とは古い知り合いだったから」
「アキラ先生というのは、ツカゴシショウ君のお父様ですか?」
「えぇ、そうよ」
「名前で呼ぶくらい親しいんだ」
ボソッとそう呟き少し拗ねたようなリュウを無視して、リンがさらに質問を重ねる。
「いつ知り合ったんですか?」
「それこそ私がシュミットさんたちぐらいの時かな・・・」
ハルカは視線をどこか遠いところに合わせるようにポツポツと話し始めた。




