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第九章 滲む境界
疑念は、事件や数字よりも先に、日常の輪郭を曖昧にした。真は現場を回りながら、同じ名前を二度聞く。別の施設、別の時間、同じ癖。偶然にしては多いが、証拠と呼ぶには弱い。
港区の倉庫街で、真は一度だけ足を止めた。風が強く、シャッターが鳴る。ここで何かを見た気がする。だが、記憶は像を結ばない。人影か、光の反射か。確かめようとすれば、確かめられなくなる種類の感覚だった。
事務所では、仁が新しい契約の話を進めていた。声は落ち着き、判断は早い。正しさが、かえって距離を生む。真は質問を飲み込み、頷く。喉が鳴り、視線が逸れる。幼稚園の砂場から続く、小さな逃げ道。
夜、真は名簿の端に残った鉛筆の跡を指でなぞった。消し切れない薄さが、逆に残る。疑念は、まだ形を持たない。だが、形を持たないまま、確実に重さを増していた。




