第五章 拡張
人が増え、机が増え、電話が鳴る回数が増えた。数字の変化は急ではなく、四半期ごとに少しずつ形を変えていった。名駅の雑居ビルから伏見へ、伏見から栄へ。移転は早く、判断は短い。仁は契約書を量産し、真は面談を回す。履歴書の紙質で、その人の生活が透けて見えた。安い紙は、触れるとすぐに波打つ。
成功は派手ではなかった。失敗が減っただけだ。欠勤が埋まり、事故報告が減り、施設長の声が柔らかくなる。真は夜遅くまで残り、名刺の角が丸くなるまで配った。金山、港区、南区。現場の匂いが、服に染みつく。仁は資金繰り表を更新し、借入残高の数字を一つずつ消していった。
ある夜、栄の路地で雨に降られた。ネオンが濡れ、靴底が滑る。二人は軒下で立ち尽くし、言葉を探したが、見つからなかった。真の喉が小さく鳴り、視線が逸れる。沈黙は、いつの間にか慣れ親しんだ道具になっていた。成功の影も、同時に伸びる。紹介元の顔ぶれが変わり、名刺の肩書きが長くなる。業界団体の集まりに呼ばれ、補助金の話が具体になる。仁は頷き、真は違和感を飲み込んだ。その味は、少し苦かった。机の端に置かれたコーヒーカップの跡、床に落ちた埃、夜の雨に濡れた街灯の光まで、すべてが二人の成長と静かな緊張を物語っていた。




