最終章 境界線
ここから先は、物語の外側に置かれた事実の配置である。誰の口からも語られず、作中では確証にならなかった断片が、同じ平面に並べられる。
――父の不在。 黒瀬真の父は、死別でも離婚でもない。名古屋南部の福祉現場で、かつて“調整役”として重宝された人物だった。番号が未整備だった時代、向き不向きを見抜き、衝突を避けるために人を動かす。その裁量は善意と呼ばれ、結果も出た。だが、表に出ない問題を“収める”たびに、空白が増えた。空白は記録されず、責任も名指されない。やがて、その空白を引き受ける役として、彼は現場から消えた。公式には。
――母の封筒。 封筒の中身は、告発文ではない。名簿でもない。並び替えの癖、余白の幅、日付の重なり。誰かを指す言葉はなく、構造だけが残されている。母は知っていた。名前を出せば、人が壊れることを。出さなければ、形が残ることを。そのどちらも選ばず、形だけを保存した。
――失踪。 失踪者は、事件の被害者ではない。構造の接点だった。初期の並びが現行コードに完全移行されたとき、逃げ場は消えた。善意の調整が、個人の余白を奪い、形だけを固定した結果、身体は現場から外れ、番号と配置だけが残った。人は去り、形が残る。
――仁の調整。 赤津仁は、父の世代の“調整”を知らずに、同じ場所を最適化した。違いは速度と規模だけだ。善意、合理、合法。三つが揃ったとき、構造は最も強くなる。仁が最後に放棄したのは、罪ではなく、連鎖だった。
――赤と黒。 幼稚園の砂場で、赤いバケツが残り、黒いシャベルが引いた。勝ち負けではない。役割の配置だ。赤は形を作り、黒は壊す。だが、どちらも同じ城に触れていた。最初から、境界線の上に。
以上が、読者にだけ開示される真実である。
物語の中で、誰もこれを言葉にしない。真は見て、語らない。仁は整えず、去る。名古屋の街は均一な光で朝を迎え、空白は記録されない。
境界線は消えない。ただ、見える者だけが、そこに立ち続ける。




