第二十七章 別ルート
真がそれに触れたのは、意図的ではなかった。港区の小さな喫茶店。福祉関係者の集まりというより、昔話の延長のような席だった。煙草の匂いが壁に染み、灰皿の縁が欠けている。話題は軽く、名前は出ない。だが、言葉の間に、聞き覚えのある配置が浮かぶ。
「昔はさ、番号なんて適当だった。誰が向いてるかで決めてた」。年配の男が言い、別の女が頷く。「あの南の施設、夜はきつかったでしょう」。真の指が、無意識にカップの縁をなぞる。南区。夜勤。配置。仁からは聞いていない言葉だ。
さらに、誰かが続ける。「一度、うまく収めたつもりが、後で別のところに出た」。声は小さく、確信はない。だが、真には十分だった。失踪した職員の経歴と、母の時代の話が、同じ線上に並ぶ。
帰り道、真は携帯を見つめた。仁に連絡する理由はいくらでも作れる。それでも、指は動かない。話されなかった事実は、意図的に伏せられたのか、それとも言葉になる前に削られたのか。その判断がつかない。
夜、部屋で真は封筒を取り出す。開かない。紙越しに、同じ硬さを確かめるだけだ。仁が選んだ沈黙と、自分が拾った断片。そのズレが、静かに広がっていく。
窓の外で、港のクレーンが赤く点滅する。真は一瞬、何かに気づきかけ、視線を逸らした。その仕草は、幼い頃から変わらない。別ルートで辿り着いた事実は、まだ形を持たない。ただ、確かにそこにある。




