第二十六章 接触
接触は、予期せぬ形で起きた。仁が呼び出されたのは、栄の外れにある小さなビルだった。再開発から取り残されたような建物で、階段の幅が狭く、踊り場に古い掲示が残っている。福祉関係者向けの非公式な聞き取り。名目は過去案件の整理だった。
机に置かれた資料は、見覚えのある形式だった。初期に使われていた管理様式。コードではなく、担当者の裁量で並び替えられていた時代のもの。仁は一枚ずつ確認し、当時の判断を思い出す。効率化、事故防止、摩擦の回避。善意だった。少なくとも、自分ではそう信じてきた。
一枚の紙で、手が止まった。南区の施設名。日付は、失踪した派遣職員が初めて現場に入った時期と、わずかに重なる。配置転換の記録。理由欄は空白だが、余白の取り方が、仁自身の癖だった。書いた覚えはない。それでも、選んだ形だと分かる。
聞き取りの担当者が、淡々と告げる。「その配置の結果、当時、表に出なかった問題があったようです。今になって、別の形で浮上している可能性がある」。仁は否定しなかった。否定できなかった。失踪という言葉が、初めて具体的な重さを持つ。
帰りの階段で、仁は足を止めた。善意で整えたはずの調整が、時間を越えて誰かを追い詰めたかもしれない。その因果が、今の失踪と触れている。過去は終わっていなかった。ただ、形を変えて待っていただけだ。
ビルの外に出ると、栄の街は普段通りの顔をしている。誰も何も知らない。仁は深く息を吸い、胸の奥に残る違和感を押し込めた。まだ、真には話さない。その選択が、次の分岐になることを理解しながら。




