第二十五章 別の場所
母の封筒が、どこに消えたのか。真はその答えを探すことを、半ば諦めていた。倒れた日から、部屋は片づけられ、郵便物は病院の受付で止められた。空いた引き出し、残された生活の匂い。そこに封筒だけが欠けているという事実が、逆に強調されていた。
一方で、監査資料は別の場所に集められていた。名駅から一本外れた、古い合同庁舎の地下。書類の匂いは湿っていて、紙の角が丸い。仁は提出後の控えを確認するため、保管棚の前に立っていた。整然と並ぶ背表紙の中に、ひとつだけ、厚みの違う束がある。意図せず触れた瞬間、紙がわずかに沈んだ。
真が辿り着いたのは、南区の古い公民館だった。母が若い頃、ボランティアに通っていた場所。掲示板の下、剥がれかけた案内の裏に、封筒は挟まれていた。直接は開かない。ただ、紙越しに、複数の硬い角が触れる。名義、日付、施設名。どれも断片で、意味だけが重なっていく。
同じ頃、仁は監査資料の余白に、見覚えのある配置を見つけた。初期に使われていた処理様式。コードではなく、並び順で管理されていた時代の名残。その並びの中に、南区の施設がある。しかも、母の世代が関わっていた時期と、微妙に重なる期間が抜け落ちている。
場所は違う。時間も違う。だが、空白の形が同じだった。真は封筒を戻し、視線を逸らす。仁は資料を閉じ、理由を考えない。それぞれが別の場所で、同じ結論を避けた。繋がったのは事実ではなく、欠落だった。
その夜、名古屋の街に雨が降る。名駅の光も、南区の街灯も、同じように滲む。母の封筒と監査資料は、互いを知らないまま、同じ線の上に置かれた。まだ、誰も名前を口にしていない。




