第二十一章 ずれた一致
資料室の空調は低く唸り、紙の匂いだけが濃かった。蛍光灯の白は均一で、影を作らない。仁と真は、同じ長机の両端に立ち、同じファイルを前にしていた。
仁はページ番号を追っていた。通し番号、改訂履歴、初期版の注記。数値は滑らかに接続され、欠番はない。調整の成果だ、と彼は無意識に頷く。事故は減り、苦情は収まり、噂は静まった。結果が正しいなら、手段もまた正しい——その信念は、紙面の整然さに裏打ちされているように見えた。
一方、真は順番を見ていなかった。彼が見るのは、紙の端の色だった。日焼けの濃淡、綴じ穴の歪み、インクのにじみ。初期に使われていた様式が、ある時点から急に消えている。その断絶の場所に、彼は指を置く。何も書かれていない余白が、妙に重い。
「ここ、」と真は言いかけて、やめた。声に出すと、形になってしまう気がしたからだ。仁は気づかない。彼はグラフを開き、改善率を示す折れ線に目を落とす。線は滑らかで、どこにも尖りがない。
同じ資料の中に、二つの時間が流れている。仁の時間は未来へ向かい、真の時間は過去へ逆流する。交わらないはずの流れが、ここで一瞬、同じ紙の上に重なっている。
真は、噂の一節を思い出す。名前の出ない家族。声のない当事者。誰も直接の言葉を持たないまま、形だけが残る。その形が、今、目の前の余白と一致している。
仁はページをめくる手を止め、ふと顔を上げた。真の指が、空白を押さえているのが目に入る。だが彼は、それを見なかったことにする。見れば、線が歪む。
「問題は、解消している」と仁は言う。事実だ。数字は嘘をつかない。
真は頷く。その仕草は、序盤に一度だけ見せたものと同じだった。気づきかけて、目を逸らす。
資料室の扉が静かに閉まる。空調の唸りだけが残り、紙は何も語らないまま、整然と並び続けていた。




