第二十章 同じ紙、別の理由
資料は、ごくありふれた形で机に置かれていた。年度別の一覧、案件名、配置、手当。仁にとっては、次の四半期を安定させるための確認材料にすぎない。紙は軽く、角は揃っている。整っていることが、仕事の正しさを保証する。
仁は赤ペンで小さな丸を付けた。港区、南区、初期コード。数字の流れに不自然はない。改善の余地も小さい。むしろ、ここまで滑らかに回っていることに満足すべきだと判断する。善意は結果で測られる。その結果は、今のところ良好だった。
同じ時間、真は同じ資料を別の部屋で開いていた。理由は違う。数字ではなく、並びを見る。行の順序、略称の置き方、コードの切り替わる位置。母の棚に残った日焼け跡と、同じ間隔がある。偶然にしては、揃いすぎている。
真は指で行を追い、途中で止めた。南区の案件の下に、港区の別名が紛れている。正式名ではない。初期に使われていた呼び方だ。今は使われていない。使われていないから、目に留まらない。
廊下で足音がした。仁が近づく気配。真は資料を閉じない。閉じれば、理由を説明しなければならないからだ。二人は同じ紙を挟んで向き合う。
「問題はないな」
仁が言う。確認ではなく、結論だ。真は頷きかけて、止めた。喉が小さく鳴る。視線が一瞬、資料の外へ逃げる。
「……整いすぎてる」
真の声は低く、曖昧だった。仁は赤ペンを置き、真を見る。理由を求めている。だが、理由は数字の外側にある。言葉にすれば、形を失う。
沈黙が落ちる。同じ紙の上で、二本の視線が交差しない。仁は改善点を探し、真は欠落を数える。どちらも間違っていない。
仁は資料をまとめ、クリアファイルに入れた。「進める」。それだけだ。真は反論しない。反論すれば、線が交わる。
別々の理由で閉じられた同じ資料が、同じ棚に戻される。整然と。静かに。そこに書かれていないことだけが、重さを増していった。




