第十九章 残された形
封筒の中身は、見えない。見えないまま、形だけが残る。真が気づいたのは、母の部屋に戻って二日目のことだった。棚の奥、封筒があった場所の背板に、薄い四角が浮かんでいる。日焼けの差だ。長く置かれていた物が、突然なくなった時にだけ現れる痕跡。
真は指でなぞり、すぐに離した。紙の角の感触が、まだ残っている気がした。埃の積もり方も不自然だ。最近まで、確かにそこにあった。中身を確かめなくても、存在の重さだけは分かる。
机の引き出しを開ける。古いメモ帳、切れた輪ゴム、鍵のないキーホルダー。母は整理が得意ではない。だからこそ、残るものと消えるものの差が、はっきりする。消えたのは、偶然ではない。
郵便受けに、転送されたはずの通知が一通だけ戻ってきていた。差出人は役所。要件は簡潔で、照会のお願い、とだけある。具体は書かれていない。書かれないから、古い。
真は通知を畳み、ポケットに入れた。病院の面会時間が終わる。母はまだ眠っている。問いかける言葉は浮かばない。浮かばないのではなく、選ばない。
夜、港の方向から風が吹いた。真は窓を開け、遠くの光を見る。倉庫の列、規則正しい影。そこに、封筒の中身があったとは限らない。ただ、そこに繋がる線が、いくつもあった。
事務所に立ち寄り、初期の資料を一瞥する。コード、略称、解散。仁が整理した形跡が、きれいに残っている。整っているから、隠れている。
真は携帯を取り出し、母の番号を開く。発信しない。代わりに、封筒が消えた棚を見る映像が、頭の中で繰り返される。中身は見えない。だが、見えないこと自体が、答えに近い。
気づきかけて、目を逸らす。その癖が、いつか通用しなくなると分かりながら。残されたのは、形だけだった。




