第十三章 声のない傷
事故報告書は、端的だった。転倒、軽度外傷、経過観察。誰の責任でもない、という文脈だけが、行間にきれいに収まっている。仁はそれを読み、必要な項目にチェックを入れた。派遣配置の見直し、時間帯の最適化、二重確認の導入。すべて正しい。数字も合う。再発防止策としては申し分がなかった。
現場からの戻りの電話は短かった。施設長の声は低く、要点だけを選ぶ癖があった。利用者本人は落ち着いている、家族には連絡済み、これ以上の対応は不要——そう言われれば、そこで終わる話だ。仁は「承知しました」と答え、通話を切る。机の上で、ペンが一度だけ転がった。
奇妙だったのは、その後だった。苦情が来ない。怒りも、要求も、追加の説明もない。通常なら、どこかから必ず音がする。小さな不満でも、電話の向こうで湿った呼吸として残る。だが今回は、何も来なかった。静かすぎる沈黙が、処理済みの書類の山に混じっていた。
仁は念のため、もう一度だけ確認を入れた。形式通りの文面、形式通りの返答。相手の声は丁寧で、だが温度がなかった。名前を名乗られ、続柄が告げられ、要件だけが過不足なく並ぶ。途中で言葉が詰まることも、感情が漏れることもない。電話を切った後、仁はしばらく受話器を置けずにいた。そこにあるはずのものが、欠けている感覚だけが残った。
現場写真を開く。廊下の手すり、床の反射、看板の文字。どれも清潔で、規定通りだ。写っていないのは、人の表情だった。転倒した本人の顔も、付き添った家族の目も、どこにも残っていない。残っているのは、角度と距離と、時刻だけ。合理化の網は、必要なものだけを掬い取る。掬われなかったものが、どこへ行くのかは、誰も書かない。
数日後、仁は帳簿に小さな修正を入れた。配置の微調整、手当の付け替え。損は出ない。会社は守られる。だが、同じ修正が、誰かの夜勤を増やし、誰かの休みを削る。数字は等価でも、疲労は等価ではない。その差分が、どこかの身体に溜まっていく。
不気味さは、言葉の欠如として続いた。謝罪文に返事はなく、面談の要請もない。まるで、傷そのものが声を持たないかのようだった。仁は一度だけ、名前の欄を見つめ、喉の奥で何かが鳴るのを感じた。確かめるべきだ、という感覚が立ち上がり、同時に、それを確かめない方が会社は安全だという判断が覆い被さる。
夜、オフィスに一人残り、窓に映る自分の顔を見る。そこには焦りも悪意もない。ただ、正しさに寄り添いすぎた輪郭がある。仁は視線を逸らし、明日の予定を更新した。声のない傷は、記録に残らない。残らないからこそ、消えない。




