星屑スープの銀の匙〜冬のモノクロな街に、きらきらの光を灯すまで〜
モノクロの冬
その国に冬が訪れると、世界から「色」と「光」が消える。 空は重く垂れ込めた鉛色になり、街を縁取る木々も、人々の着ているコートも、すべてが墨を流したようなグレーに染まってしまう。降り積もる雪さえ、輝きを忘れた灰色の粒だった。
「冷たいね。心まで凍っちゃいそう」
見習い料理人の少女・ルカは、銀の匙を握りしめ、曇り空を見上げて小さく息をついた。 この「モノクロの冬」を乗り越えるには、人々の心に灯る小さな光――「きらきら」が必要だ。だが、寒さが厳しくなるにつれ、人々の心からは余裕が消え、街には不機嫌な足音だけが響くようになっていた。
ある日、師匠の老料理人は、ルカに古びた鍋を預けてこう言った。 「ルカ。今年の一番星が昇るまでに、世界で一番きらきらしたスープを作りなさい。それがお前の卒業試験だ」
「きらきらした、スープ……?」
ルカには、普通の人には見えないものが見える。 誰かが心から笑った時、あるいは誰かに感謝した時。その人の足元に、砂金のような小さな光の粒がこぼれ落ちるのだ。それこそが、ルカが作る魔法のスープに欠かせない、世界で一番尊い材料だった。
足元の光
ルカは空の鍋を抱えて街へ出た。けれど、街はひどい有り様だった。 市場では野菜の値段を巡って客と店主が怒鳴り合い、道端では荷車が雪にハマって、男たちが顔を真っ赤にして罵り合っている。
「どこにも、ない……」
誰も笑っていない。誰も感謝していない。モノクロの世界は、ただ冷たく沈んでいるだけだった。 ルカは途方に暮れ、公園のベンチでうずくまっている一人の配達員の青年に目を留めた。彼はかじかんだ指先を必死に息で温めながら、配りきれない荷物の山を前に肩を落としていた。
「……ねえ、これを使って」
ルカはポケットから、家で温めてきた「温熱石」を取り出して手渡した。布に包まれた、ただの石だ。けれどそれは、ルカが今朝まで暖炉のそばで大切に温めていたものだった。 青年は驚いた顔をしたが、石を受け取ると、その温もりにふっと表情を緩めた。
「ああ……あったかい。ありがとう、お嬢ちゃん。助かったよ」
その瞬間だった。 青年の足元から、チリン、と鈴のような音がして、一粒の金色の砂がこぼれ落ちた。 ルカは慌てて銀の匙でそれを掬い上げ、鍋に入れた。
「……一つ、見つけた」
ルカは気づいた。光は探すものではなく、自分で灯すものなのだと。
それから、ルカの「おせっかい」が始まった。 喧嘩をしている親子の間に入って、甘い香りのするハーブの束を「忘れ物ですよ」と手渡した。親子の鼻先をくすぐった香りが心を解かし、二人が顔を見合わせて苦笑いしたとき、そこには銀色の光が生まれた。 転んで泣いている子供の涙を拭い、ポケットに入っていた最後の一粒のキャンディをあげた。子供が泣き止んでパッと笑顔になったとき、そこには虹色の光が弾けた。
星屑の煮込み
約束の一番星が昇り始める頃。 ルカの鍋の底には、街中の人々から集めた色とりどりの「きらきら」が、宝石の原石のように溜まっていた。
ルカは街の中央広場で、大きな暖炉に火をかけた。 鍋の中に、透明な雪解け水を注ぎ、集めた光を銀の匙で丁寧に混ぜ合わせる。
「おい、何をやってるんだ?」 「こんな寒いのに、外で料理か?」
足を止めた人々が、物珍しそうに囲みを作る。 ルカはただ、一心に匙を動かした。スープが煮え立つにつれ、不思議なことが起きた。 立ち上ったのは、白い湯気ではない。それは、淡い黄金色の光の帯だった。
ルカは最後の一仕上げに、街の人々から受け取った「温かな気持ち」を思い出しながら、祈るように呟いた。 「おいしくなれ、きらきらになれ!」
その瞬間、鍋から眩いばかりの光が溢れ出した。 光の粒は、まるで逆さまに降る雪のように、夜空へと昇っていく。そして、空から落ちてくる灰色の雪と触れ合った瞬間――。
シュン、シュン、と小さな音を立てて、世界に「色」が弾けた。
「見て! 雪が、雪が光ってるわ!」
灰色の雪は、一瞬にしてダイヤモンドの粉を撒いたような輝きを放ち、街の景色を真っ白な光の結晶へと変えてしまった。屋根も、木々も、人々のコートも、光を反射して七色に輝いている。
世界で一番の味
「さあ、召し上がれ」
ルカは出来上がったスープを、集まった人々に配った。 具材は何もない、ただの澄んだスープだ。けれどそれを一口飲んだ人々は、目を見開いて立ち尽くした。
「……暖かい」 「なんだか、春が来たみたいだ」
凍えていた体だけじゃない。心の中に、ポッと小さな灯がともるような、懐かしくて優しい味。 人々は隣の人と顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。その笑顔からまた新しい「きらきら」が生まれ、街はさらに輝きを増していく。
その様子を遠くから眺めていた師匠が、ルカの隣に歩み寄った。
「合格だ、ルカ。お前は最高の材料を見つけたな」 「師匠……。私、わかりました。このスープを光らせたのは、魔法じゃないんです」
ルカは銀の匙を見つめて微笑んだ。
「みんなの心の中にあった光が、ちょっとだけ外に出てきただけ。私はそれを、集めるお手伝いをしただけなんです」
モノクロの冬が、完全に終わったわけではない。明日になればまた、空はグレーに戻るかもしれない。 けれど、この夜の「きらきら」を知っている人々は、もう寒さを恐れはしないだろう。
ルカは銀の匙をエプロンのポケットに仕舞い、自分を呼ぶ人々の輪の中へと駆け出した。 彼女の足元には、誰よりも眩しく輝く、黄金色の光の足跡が続いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 「小説家になろう」2025年冬童話企画のテーマ「きらきら」に寄せて執筆しました。
冬の厳しさの中で、私たちがつい忘れてしまいがちな「心の温もり」を、きらきらと輝くスープという形で表現してみました。 ルカが作ったスープのように、この物語を読んだ皆様の心が、ほんの少しでも温かくなれば幸いです。




