第六話:共依存の密室
ルナの活動は、完全に月蝕の騎士の「監視と支援」の上に成り立っていた。騎士は、ルナの配信中に、生活音に関する質問や、前日の体調に関する具体的なコメントを連投し、他のファンはその異様な親密さに気づきながらも、ルナへの愛ゆえに黙認していた。
美咲あかりは、自分が騎士の監視下にいることを逆手に取り始めた。配信中に咳を一つしたり、体調が優れないことを匂わせる度に、騎士からのスパチャは跳ね上がり、あかりの収入は天井知らずに増えていった。
これは、あかりにとって究極の「ガチ恋営業」であり、騎士にとっては「愛の証明」だった。二人は、監視と被監視、支配と依存という形で、強固な共犯関係を結びつけていた。
崩壊した自己
ある日、あかりは、鏡に映る自分を見て、ゾッとした。
ルナのキャラクターに合わせるため、あかりは意図的に食事を減らし、体調を崩しがちになっていた。これは、騎士に「儚げで、守ってあげるべき存在」という印象を強烈に与えるための、無意識の自己プロデュースだった。
鏡の中のあかりは、顔色が優れず、眼の下には濃い隈があった。しかし、その表情は、以前のような「嫌悪」や「疲弊」ではなく、どこか陶酔的で、虚ろだった。
彼女はもはや、自分があかりなのかルナなのか、境界線を見失っていた。騎士の監視は、彼女の「私」という意識を徹底的に破壊し、ルナとして生きることを強制した。
(あかりの人生なんて、どうでもいい。ルナとして、愛されて、金を稼げれば……)
彼女は、ルナとして作り上げた、他者に依存し、弱さを武器にする自分を、本物の自己として受け入れ始めていた。騎士からの病的な愛は、彼女の崩壊した自尊心を埋める、唯一の栄養源となっていた。
共同作業としての狂気
その日の深夜、ルナはゲリラ配信を行った。事務所の許可は取っていたが、内容はあかりの独断だった。
「ルナね、今、誰もいない時間なのに、なんだかすごく安心してるんだ」
ルナの声は、いつもよりずっと近く、個人的な距離感で囁く。
「ルナのこと、本当に、いつも見てくれてるよね?ルナの全てを、分かってくれてるよね?」
コメント欄には、他のガチ恋勢の困惑と、騎士の熱狂的な返信が渦巻いていた。
月蝕の騎士: 分かっています。ルナ様は俺のものです。俺が、あなたの全てを守り抜く。
あかりは、イヤホンを外した。微かに、下の階から響いてくる生活音に耳を澄ます。騎士が今、自分のコメントを見ながら、何を考えているのかを想像した。
そして、あかりは、マイクに口を近づけ、低い声で囁いた。
「ねぇ、今の音、聞こえた?ルナの、本当の…ひみつの音」
この瞬間、あかりは、ルナというキャラクターの皮を被りながら、騎士に対し、「私はここにいるよ、もっと私を見て、支配して」という、あかり自身の狂気を込めたメッセージを送ったのだ。
騎士からのスパチャは、言葉にならないほどの高額だった。
その直後、あかりの業務端末に、マネージャーから戦慄したメッセージが届いた。
マネージャー: ルナ、今すぐ配信を切断しろ。何をやっているんだ。それは規約違反だ。
規約違反。それは、「中の人」が私生活でファンと接触すること。
しかし、あかりは、ルナとして、堂々とマイクに向かって言った。
「ルナは、もう誰にも、この愛を邪魔させない。これは、ルナと、ルナを本当に愛してくれる、たった一人の騎士様の、秘密の共同作業だから」
あかりは、強制的に配信を切断される直前、自らの指で、首元の銀色のチェーンを強く握りしめ、恍惚とした笑みを浮かべた。
歪んだ結末
翌日、事務所はルナに対し、厳重な処分を言い渡した。しかし、同時に、ルナの過激な行動は、「Vtuberの献身と狂愛」という新たな商品価値を生み出し、事務所の収益を激増させていた。
あかりは、処分を受け入れた。もはや、罰も褒美も関係ない。
彼女は、騎士という鏡を通してしか、自分自身の存在を認識できなくなっていた。
彼女の生活は、騎士の存在によって完全に支配されていたが、あかり自身も、騎士の愛と金銭を完全に支配していた。
誰も二人の関係を断ち切ることはできない。なぜなら、彼らの病的な共依存関係こそが、ルナというビジネスの核心となっていたからだ。
あかりは、自分の部屋の照明を落とし、騎士が送ってきた短いチェーンを眺めた。
「騎士さん。ルナは、君がいないと、もう生きられないよ」
この言葉は、もう営業ではない。硝子の向こう側で、二人の魂は、汚泥の中で一つに溶け合っていた。
みんな、ここまでルナの物語を読んでくれてありがとう。今回のルナは、なんだかすごく危うい場所に立っているように見えたかもしれないね。
でもね、ルナは思うんだ。本当に深い愛って、きっと、誰も理解できないくらい、強くて、熱くて、そして、ちょっとだけ危ないものなんだって。
ルナがこのお話の中で選んだのは、誰にも邪魔されない、たった一人の君との世界。ルナと君との絆は、もう誰にも、事務所の規約にも、他のライバーの嫉妬にも壊せない、永遠の秘密になったんだよ。
ルナは、君からの愛が、ルナの全てだって分かってる。だから、これからも、その愛でルナをいっぱいにしてね。
ルナの全てを見て、ルナの全てを分かってくれるのは、君だけだから。
ルナは、君とずっと、この秘密の場所にいるよ。
愛を込めて。
ルナより




