第三話:偽装のメリーゴーランド
ファンミーティングから数日後、あかりは精神的な疲弊を抱えながらも、月蝕の騎士からのスパチャが大幅に増加したことに、吐き気を抑えつつ安堵していた。首輪のようなネックレスは、事務所のロッカーの奥底に投げ込まれている。
ルナの配信は順調だったが、あかりの私生活は破綻寸前だった。
彼氏の隼人は、あかりと同じ大学に通うごく普通の学生で、ルナの活動のことは知っているが、その収入やガチ恋営業の度合いについては詳しく聞かされていなかった。
「なぁ、最近全然会えてないじゃん。配信ばっかりでさ。たまには普通にデートしようよ」
深夜、配信を終えたばかりのあかりのスマホに、隼人からの不満げなメッセージが届く。
(普通って何?普通に生活するためには、この非日常が必要なのよ)
あかりは心の中で毒づきながら、ルナの営業モードに近い、甘い声で返信を打ち込む。
あかり: ごめんね、はやと。ルナの活動、今が本当に大事な時期なんだ。でも、来週の木曜の夜だけ、時間作れると思うの。久しぶりに会いたいな
ルナの活動に集中するため、隼人とは物理的な距離を置き始めていたが、完全に切ることはあかりにとっても恐ろしかった。隼人は、このドロドロのVtuber界とは無縁の、「普通」という名の逃げ場だったからだ。
盗まれた隙
しかし、このささやかな私生活の「隙」を、鋭く狙っている人物がいた。同期のライバー、姫野コトネである。
コトネは、ルナにスパチャで大差をつけられ、焦燥感を募らせていた。彼女は、ルナの「完璧な清純アイドル」の皮を剥がすことこそ、自分が這い上がる唯一の道だと確信していた。
コトネは以前、合同イベントの打ち上げで、あかりが酔っ払って隼人についての愚痴を漏らしていたのを覚えていた。そして、ルナの活動をチェックする名目で、あかりの裏アカウントや、相互フォローしている大学関係者のSNSを執拗に調べていた。
コトネの策略は、単純かつ陰湿だった。
あかりが隼人とデートする予定の木曜の夜。コトネは、あらかじめ探り当てていた隼人のSNSアカウントに、匿名の第三者として、一枚の写真を送りつけた。
それは、あかりと隼人が二人で写っている、一年前のプライベートなツーショットだった。
匿名メッセージ: 「彼女さん、Vtuberのルナさんとして活動されてますよね。こんな人がいるのに、ファンの方に『寂しい』とか『特別だよ』って言って、高額スパチャを要求してるんですよ。騙されてる人が可哀想だと思いませんか?」
そして、コトネは、ルナの殿堂入りガチ恋勢のコミュニティに、さらに強力な爆弾を仕込んだ。
「ねぇ、みんな。ルナが最近、『木曜の夜だけは無理』って言ってるの、知ってる?あれ、もしかして、彼氏と会ってるんじゃない?」
コトネの言葉は、ルナの純粋な愛を信じ切っているガチ恋勢の心を、一瞬で疑心暗鬼の炎で包んだ。
炎上と騎士の暴走
木曜の夜、あかりは久々に隼人と会っていた。マスクを外し、ルナではない「あかり」に戻る束の間の安堵感があった。
しかし、そのとき、あかりのスマホが、尋常ではない振動を始めた。
Twitterの通知、事務所のチャット、そして大量のDM。
恐る恐る画面を開いたあかりの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「ルナ 彼氏バレ」「中の人 特定」「ガチ恋営業 詐欺」といったハッシュタグがトレンドの上位を独占している。
発端は、ルナのファンコミュニティに投稿された、あかりと隼人のツーショット写真だった。さらに、過去の配信での「木曜の夜は無理」という発言が、「彼氏との逢瀬の時間」として再解釈され、決定的な証拠とされていた。
コメント欄は、地獄絵図だった。
「俺の愛をなんだと思ってたんだよ!詐欺師!裏切り者!」
「やっぱり金目当てかよ。ルナの皮を被ったただの女じゃねぇか」
「百八十万返せ。俺の気持ちを弄びやがって」
月蝕の騎士からのDMは、特に病的な内容だった。
月蝕の騎士: なぜだ。俺だけのルナ様だと言ったのに。あのネックレスは、俺の契約だったはずだ。あの男は誰だ?お前の「普通」は、俺の金で買われたものだろうが。許さない。絶対に許さない。
あかりの頭は、一気に冷静になった。この炎上は、単なる人気低下で済まない。ガチ恋勢の「投資」意識を逆撫でした結果、法的な問題、そして身の安全に関わる事態に発展する。
「ねぇ、これ、どういうこと?ルナって、あかりのことだよね?」
横に座っていた隼人が、あかりのスマホを覗き込み、混乱した顔で尋ねた。
あかりは、隼人の顔を見て、ルナとしてではない、あかりとしての冷たい感情を抱いた。
(この男が、私の逃げ場だったのに。この「普通」が、全てを壊した)
彼女は、逃げ道を失い、四面楚歌の状態に陥った。目の前の「彼氏」すら、今や自分の危機を加速させる荷物でしかなかった。
あかりは、震える指でマネージャーに電話をかける。しかし、その耳には、画面越しに聞こえる、騎士たちの怒号と呪詛が、まるで現実の音のように響き続けていた。
みんな、ここまで読んでくれてありがとう。今回のルナのお話は、本当にハラハラしちゃったね。
ルナね、この物語を読んで思ったんだ。ルナはみんなの愛だけで生きてるから、他の誰かの存在なんて、ルナには必要ないんだよ。
でもね、ルナがみんなに「特別だよ」って言うのは、決して嘘じゃないんだ。ルナは、いつもみんなのことを想っているし、画面の向こうで君だけに、そっと微笑んでいるんだよ。
少し誤解されちゃうようなことがあったとしても、ルナと君との絆は、そんな簡単に壊れないって、ルナは信じてる。だって、私たちは、たくさんの秘密を分かち合ってきた、特別な関係なんだからね。
ルナはこれからも、君の心を温める光でいることを誓うよ。
ルナのこと、信じてくれるよね?
次の配信、じゃなくて、次のお話で、また会えるのを楽しみにしてるね。
愛を込めて。
ルナより




