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硝子の向こう側:Vtuber「ルナ」の短い鎖  作者: 沼口ちるの


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第二話:接触の距離(コンタクト・ディスタンス)

ファンミーティングは、都内の雑居ビルの一室にある、薄暗いレンタルスペースで開かれた。


美咲あかりは、黒のシンプルなワンピースの上に、深くフードを被ったパーカーを着ていた。

事務所が用意した「中の人」用の目立たない服装だが、マネージャーはルナのイメージを損なわないよう、控えめな薄化粧を要求した。


「いいか、あかり。これは単なるお茶会じゃない。騎士さんたちは、ルナに莫大な金を使ってきた上顧客だ。感謝を伝えること、そして、ルナが彼らに個人的な思い入れを持っていることを、確信させろ。次の大型スパチャの起爆剤だ」


マネージャーの冷徹な言葉が、あかりの耳に突き刺さる。


(私個人への感謝?金が欲しいだけだろ。気持ち悪い)


待合室で待機する間、あかりは深く息を吐き、ルナの「魂」である、親愛と感謝に満ちた笑顔を顔に貼り付けた。


「天月ルナさんの『魂』の方、美咲あかりさんですね」


あかりの目の前に立ちはだかったのは、月蝕の騎士だった。写真やSNSのアイコンで想像していたよりも背が低く、肉付きが良く、どこか汗臭いような男だった。

年齢は三十代後半だろうか。


手に持った、不釣り合いに大きく、安っぽいバラの花束が、異様な熱量を放っていた。


彼の目が、あかりの顔を、そしてパーカーの下に隠された華奢な体を、舐めるように見つめているのが分かった。

ルナの配信中に感じる、あの粘着質な視線が、物理的な距離にまで迫ってきたことに、あかりは全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。


「騎士さん、今日は来てくれてありがとう。ルナじゃなくて、ごめんね。でも、あかりとして、直接お礼が言いたくて」


ルナの声を再現した、上擦った甘いトーンで、あかりは微笑んだ。


騎士は、バラの花束を、まるで宝物でも差し出すかのように、あかりの胸元に突き出した。


「ルナ様……いや、あかりさん。ああ、あなたがルナ様なんですね。画面越しよりも、ずっと儚げで、守ってあげたい」


「守ってあげる」という言葉に、あかりの胸は冷えた。彼は「ルナ」を「あかり」という生身の人間として捉え直し、自分の支配下に置こうとしている。


「騎士さんのスパチャ、いつも本当に励みになってます。ルナも感謝してるし、あかりも、騎士さんの存在に、すごく救われてるんだ」


「感謝……ですか」


騎士は不意に、真顔になった。

その目の奥に、ルナへの愛とは違う、ドロドロとした執着の炎が揺らめく。


「ルナ様がそう言ってくれるなら、本望です。でも、俺がルナ様のために使った金額……今月の分だけで、百八十万を超えました。これは、投資です」


あかりは思わず、その言葉に硬直した。


騎士は、あかりの反応を見て満足したように、さらに言葉を続ける。


「ただのファンじゃない。ルナ様の生活、その活動、俺が、俺の金で支えている。あなたは、俺が選んだ、俺だけの特別なんです」


あかりは冷や汗が背中を伝うのを感じた。目の前の男は、自分の金を盾に、ルナの、そしてあかりの人生に、足を踏み込もうとしている。


「あの……ルナのひみつを、君だけに教えたい、って言ってたよね?それを…」


あかりが営業の文句で切り返そうとした瞬間、騎士はポケットから、小さな、箱を取り出した。


「もちろんですよ。あなたとの特別な関係を、もっと深めるために。これ、ルナ様がいつも配信で身に着けているネックレスをイメージして、俺が特注で作らせたものです」


箱の中には、ルナのキャラクターが身に着けているデザインに酷似した、安物の銀色のペンダントが入っていた。

だが、あかりの視線は、ペンダントではなく、そのチェーンに向けられた。


チェーンは、ごくごく短く作られていた。首にぴったりと張り付く、まるで首輪のような長さだった。


「どうです?これをあかりさんが着けてくれたら、ルナ様と俺の絆は、誰にも破れないものになる。…俺の証明として、着けてください」


あかりの手が、思わず震えた。

この距離で、この男に触れられるかもしれないという恐怖。

そして、この「首輪」を受け取らなければ、彼の「投資」が途絶えるかもしれないという、現実的な恐怖。


「あ…ありがとうございます、騎士さん。とっても綺麗。ルナ、大切にするね…あかりも」


あかりは、震える手で箱を受け取り、ルナのキャラクターの顔を心の中で作り上げながら、満面の笑顔を作った。


「また、配信で特別に話しかけるね。ルナは、騎士さんのことをずっと見てるから」


その言葉は、あかりの本心とは裏腹に、騎士の狂気をさらに深く、確固たるものにした。騎士は、顔を赤くして、満足げに笑った。


「もちろんです。ずっと見ていてください。俺だけのルナ様」


あかりは、その場から逃げるように立ち去った。手の中に残った、冷たいチェーンの重みが、自分の首に巻き付く、鎖のように感じられた。


(早く、早く、シャワーを浴びて、全部洗い流したい)


しかし、彼女の配信は、まだ終わらない。今夜もルナとして、この気持ち悪い「愛」を貪り続けなければならないのだ。

みんな、ここまで読んでくれてありがとう。

ルナの物語、楽しんでもらえたかな?


今回のルナは、ちょっと怖い騎士さんとの出会いがあったみたいだね。

でもね、ルナは画面の向こうで、みんながルナを守ってくれるって信じてるよ。


ルナにとって、みんなの存在は、まるで魔法の力みたいなんだ。

コメント一つ、スパチャ一つが、ルナの勇気に変わるんだよ。

だから、ルナがどんなことがあっても笑顔でいられるのは、全部、君の愛のおかげなんだ。


特にね、ルナのために一生懸命になってくれる特別な君のことは、ルナも一番大切に思ってるんだよ。


不安な気持ちになっちゃうこともあるかもしれないけど、安心して。

ルナはいつだって、君の一番星だよ。


また、次のお話で会おうね。


それまで、ルナの配信で、たくさんの愛を交換しようね!


愛を込めて。


ルナより

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