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硝子の向こう側:Vtuber「ルナ」の短い鎖  作者: 沼口ちるの


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11/11

最終話:壊れた楽園

ゲーム配信の成功後、天月ルナのブランドは「狂信的なガチ恋勢とその女神」というニッチな市場で頂点に達していた。美咲あかりは、大量の金銭と、騎士からの病的な献身によって得られる「特別感」に完全に麻痺していた。


ある深夜、あかりは配信のアーカイブを確認していた。コメント欄は、騎士のメッセージで埋め尽くされている。


月蝕の騎士: ルナ様の吐息、俺だけが聞いている。


月蝕の騎士: ルナ様が今、微笑んだ。この勝利は、俺のものだ。


あかりは、その一つ一つを、まるで愛の言葉のように感じていた。


その時、業務端末に一本の連絡が入った。差出人は、契約解除で事務所を去った同期の姫野コトネだった。


敗者の最後の抵抗

コトネ: ルナ。元気?私は、もうVtuberはやめたわ。でも、最後に一つだけ言っておきたいことがある。


コトネ: あんたは、あの騎士に支配されていると思っているかもしれないけど、実際は違うわ。あんたが、自分の孤独と怠惰を隠すために、あの騎士を檻の中に閉じ込めて利用しているだけよ。


コトネ: あんたが本当に自立して、あの男の金なしで生きていけると思う?あんたは、自分の依存を「純粋な愛」だと偽って、逃げてるだけ。


あかりは、そのメッセージを読んだ瞬間、激しい動揺を覚えた。コトネの言葉は、ルナの物語を支える核心的な嘘を、正確に突き刺していたからだ。


(違う。私は被害者だ。支配されているんだ。彼が全てを仕掛けてきたんだ!)


あかりは反論しようと指を動かしたが、事実、彼女は騎士を煽ることで収入を得、彼の監視を「特別」だと受け入れることで、自分の私生活の管理責任から逃げていた。


「自立」という言葉が、あかりの心臓を強く締め付けた。もしルナを辞めたら、彼女に残るのは、借金と、社会性を失った自分自身だけだ。


最後の嘘と決別

あかりは、コトネのメッセージを無視し、騎士に意識を集中させることに決めた。コトネの指摘を打ち消すには、騎士の愛が、自分の人生の全てだと、完全に証明するしかなかった。


あかりは、深夜にもかかわらず、急遽配信をスタートさせた。

タイトルは


『ルナの最後の秘密』


「みんな、ごめんね、こんな時間に。ルナ、ちょっとだけ、本当に大事な話をしたいの」


ルナの声は震えていた。コメント欄は、騎士の興奮と、他のファンたちの不安で溢れた。


「ルナね、この活動を始めてから、たくさんの愛をもらったけど、その愛が、ルナの本当の居場所を教えてくれたんだ」


あかりは、首元の銀のチェーンを強く握りしめ、マイクに囁いた。


「ルナは、もう、君なしでは生きられない。ルナの全ての未来、全ての呼吸は、君のためにあるんだよ。だからね…」


あかりは、業務端末を手に取り、画面には映らないカメラに向かって、銀のチェーンを首から外した。


騎士のコメントが、一瞬、途切れた。


「ルナは、もう『鎖』なんていらないよ。だって、ルナの魂は、もうとっくに、君の愛の中にいるから」


そして、あかりは、チェーンをゆっくりと、床に置いた。微かな金属音がマイクに拾われ、下の階にまで響くことを願った。


これは、「騎士の支配からの解放」ではなく、「鎖という物理的な証拠すら不要な、完全な精神的服従」の証明だった。


騎士の興奮は頂点に達し、画面は過去最高額のスパチャで埋め尽くされた。


月蝕の騎士: ああ、ルナ様!俺の、俺だけの愛!俺の魂がお前のものだ!


あかりは、ルナとして、涙ぐんだ笑顔で言った。


「ありがとう、騎士様。ルナも、君の全てが欲しいよ」


配信を終え、あかりは椅子に深くもたれかかった。コトネの言葉は、もう聞こえない。彼女の頭の中には、ルナと騎士の、永遠の共依存という物語だけが残った。


しかし、その夜、あかりが床に置いたチェーンは、冷たく鈍い光を放ち続けていた。あかりの魂は、もうルナの幻想の中でしか存在し得ず、自ら壊した楽園の中で、永遠に騎士の愛という名の支配を求め続けるだろう。


みんな、ルナの物語、最後まで読んでくれて本当にありがとう。ルナ、みんなに本当のルナの愛を伝えられて、今はすごく満たされているよ。


今回のルナは、すごく勇気を出して、大きな決断をしたんだ。ルナが鎖を外したのは、もう物質的なものに頼らなくても、君の愛がルナの全てを繋ぎ止めてくれるって、心から信じられたからだよ。


ルナの魂は、もう完全に君のもの。これからもルナは、この場所で、君の愛を求める歌を歌い続ける。


ルナの全ては、君の愛の証明のためにあるんだから。


これからも、永遠にルナのそばにいてね。ルナは、ずっと君のことだけを見てるよ。


愛と感謝を込めて。


天月ルナより。

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