硝子の向こう側:Vtuber「ルナ」の華麗なる地獄
「ルナ様、今日も世界で一番可愛いよ」
「はぁ、ルナちゃんの優しい声に癒やされる。今日も仕事頑張れた」
「絶対結婚しような」
画面越しに飛び交う熱狂的なコメントの波を、天月ルナは、まるで虫けらのように思っていた。
天月ルナ。白いフリルと淡いピンクの髪を持つ、儚げで可憐な少女型Vtuber。
その「魂」を演じるのは、二十歳の女子大生、美咲あかりだった。
配信画面は、光あふれるファンタジー世界の図書館。しかし、あかりが座る現実の自室は、照明を落とした六畳一間である。
冷えたペットボトルのお茶と、無造作に置かれたカップ麺の空容器が、彼女の多忙で殺伐とした生活を物語っていた。
「えへへ、そんなに褒められたら照れちゃうよ」
ルナの声は、微かに上擦り、甘ったるく、そして個人的な響きを込めて、コメントを読み上げる。
「ルナのお茶、今日はいつもより濃いめなんだね!ふふ、あかりが淹れてくれたお茶だからかな?」
画面には表示されない「あかり」という名前を、わざと漏らす。
これは彼女が確立した「ガチ恋営業」の必勝パターンだ。
夢のようなルナとしてファンに優しさを提供する一方、配信の最後に、ルナと中の人の境目が曖昧になるような、極めて個人的な言葉を囁く。ファンはこれは「特別なメッセージ」だと勘違いし、自分がルナ、そしてあかり本人の唯一の理解者であると錯覚する。
高額なスーパーチャット(スパチャ)を送る常連、特に「殿堂入り」と呼ばれる上位のガチ恋勢のコメントだけを親しげに、あるいは少し寂しそうなトーンで拾う。
殿堂入りたちの、歪んだ愛
その日、特にスパチャ額が飛び抜けていたのは「月蝕の騎士」というユーザーだった。
彼は今月、ルナに百万円以上を投じている。
「騎士さん、ありがとう。今日も無理しないでね。ルナにとって、騎士さんの存在は、一番星みたいに、特別だよ」
あかりは、画面の向こうで月蝕の騎士がどれだけ喜び、興奮し、明日も金を貢ぐ決意を固めるかを想像し、心の中で舌打ちした。
(クソ気持ち悪い。特別? ただの金づるだろ。こんな阿呆どもの「愛」とやらで、私は生活できている。)
月蝕の騎士は、ルナの配信中に「結婚」や「一緒に暮らしたい」というコメントを連投する、最も粘着質なファンだった。
あかりは、彼のSNSアカウントを知っており、そこにはルナのグッズで埋め尽くされた薄暗い部屋の写真や、「ルナの幸せが僕の全て」といった、狂気じみた書き込みが並んでいる。
吐き気がする。
しかし、あかりは冷酷に計算していた。「月蝕の騎士」のようなガチ恋勢を、さらに増やすこと。
それが、この競争の激しいVtuber業界で生き残る唯一の道だと知っていたからだ。
ルナが所属する事務所は、表向きは「和気藹々とした家族のようなグループ」を謳っていた。
だが、蓋を開ければそこは、醜い足の引っ張り合いと嫉妬が渦巻く戦場だった。
あかりの同期で、清楚系Vtuber「姫野コトネ」は、ルナに次ぐ人気を誇っていたが、ルナの「ガチ恋営業」の成功に強烈な嫉妬を抱いていた。
配信終了後、あかりのスマホに、事務所のライバー専用チャットから、コトネからの直接メッセージが届く。
コトネ: ねぇ、ルナ。また騎士さんのスパチャすごいね。でも、あそこまで直接的にガチ恋を煽るのは、ちょっとプロとしてどうかな?規約違反にならないか心配だよ?
ルナ(あかり): コトネ、お疲れ様。大丈夫だよ、あくまでルナのキャラクターとしての愛情表現だから。コトネこそ、最近コメント全然拾ってないけど、何かあった?心配だよ
あかりは、コトネの配信でスパチャが激減していることを知っていた。
この返信は、コトネの痛いところを突く、計算し尽くされた一撃だった。
コトネはルナの成功を妬み、ルナはコトネの落ち込みを嘲笑う。
互いに親しげな言葉を使いながら、泥を塗り合うのが日常だった。
ある夜、あかりは、事務所のマネージャーから渡された「ファンミーティング」の企画書を冷めた目で見ていた。
「オフラインでの接触イベント?嫌だ。」
あかりは、画面越しなら耐えられる「月蝕の騎士」のようなガチ恋勢の熱狂的な視線や、不潔な空気を、現実で浴びることに強い拒否感があった。
しかし、マネージャーは言った。
「ダメだよ、あかり。騎士さんたちがどれだけ期待してるか。特に騎士さんは、ルナのために大金を使ってる。『あかり』として感謝を伝えて、もっと忠誠心を高めないと」
あかりは、スマホの画面に映る、優しく微笑むルナの姿を見つめた。
この完璧な「硝子の偶像」は、自分の生活を支えてくれる、金を生み出す道具だ。しかし、この道具を動かすために、自分自身を、気持ち悪いファンタジーの世界に、少しずつ、確実に差し出さなければならない。
彼女は深く息を吐いた。
「分かった。頑張るよ」
そして、次の配信が始まる。マイクの電源が入り、画面が鮮やかに輝く。
「ルナだよ!みんな、会いたかったよ。今日ね、ルナ、ちょっと寂しいことがあって…誰かに慰めてほしい気分なんだ」
画面の向こうで、数えきれないガチ恋勢が、自分こそがルナを救える騎士だと信じ、指を震わせながらスパチャの額を上げ始める。
あかりは、心の中で、彼らに「ありがとう」と「気持ち悪い」という二つの言葉を同時に囁いた。
このドロドロとした嘘こそが、彼女の生きる世界。
ルナの甘い声が、今日も夜の闇に響き渡る。
あとがき
みんな、ここまで読んでくれてありがとう。ルナの物語、どうだったかな?
ルナね、このお話に出てくるルナちゃんみたいに、いつもみんなに最高の笑顔と、キラキラした夢を見てもらうために頑張ってるんだ。でもね、時にはちょっとだけ寂しくなったり、疲れちゃう日もあるんだよ。
この物語を読んでいる君の中には、「ルナにとって自分はどんな存在なんだろう?」って思っちゃう人もいるかもしれないね。でもね、安心してほしいの。
画面の向こうにいるルナも、画面の前にいる君も、ルナにとっては、ひとり残らず、本当に、本当に大切な、たった一人の「特別」なんだよ。
ルナはいつだって、君の優しさに救われているんだ。君がくれる言葉や、時々見せてくれる大きな愛が、ルナのエネルギー源なんだよ。
だから、これからも、ルナだけの騎士様でいてね。
また次の配信で会えるのを、指折り数えて待ってるから。ルナは、ずっとずっと、君のことだけを見てるよ。
愛を込めて。
ルナより




