第三話『悠久のおくりびと』
久しぶりに長女みなもから連絡が来たので、ゆづはは忙しく仕事の準備をしていた。奥の部屋から衣装ケースを出して、化粧道具を準備していた。ぱたぱた動き回っている様を、私は茶碗を洗いながら眺めていた。
「みなもは二年ほど顔を見ていないんだけど、前に仕事の依頼が来たのは半年前なの」
「達者である証拠だね」
「芸能関係の仕事で、歌ったり踊ったりしているそうなんだけど、家にはテレビも新聞も無いでしょう? だから、何も分かんないの」
「(テレビって何だ?)ふ~ん」中途半端な相槌を打った。
「結局、人気商売だからストレスが溜まるみたいで、すぐに辞めちゃうそうなのよ」
「みなもも不老不死だから、いらない気遣いが多そうだな」
「でも、本人がやりたいなら、少しくらいの気苦労はいいかもね」
「良いことも、悪いことも経験しなければ分からないからね」
「まぁ、そういうことね」
「明日の仕事というのは、芸能関係の仕事の依頼なのか?」
「違うわよ。みなもは今は、葬儀屋で働いてるの。定期的に芸能関係の仕事と葬儀屋を繰り返してるわ」
「変わった組み合わせだな」
「今度、家に帰ってきたら詳しく聞いてみるといいわ」
「楽しみだな」随分苦労しているようだ。かわいい孫の顔を見たら、こんな俺でも涙腺が緩くなるのだろうか? 誰にも説明できないのだが、まだ見ぬ孫にもっと苦労して欲しいと願う自分がいた。やはり俺は、人としてどこか薄情らしい。一体何が欠如しているのだろうか?
「あたしの仕事を見ていたからね。感化されたのかも・・・」
「(葬儀屋? 逆閻魔大王? 感化? 一体ゆづはは、何を言っているのだ?)」ゆづはの言っていることが、全く理解できなかった。
明日、仕事の現場に行くという。暇なので付いて行くことにした。翌朝、ハンチング帽を被った、丸渕眼鏡の親父が軽トラックでやって来た。
「(こいつが金で動いてくれる便利な男か? 若いな、70歳くらいかな? まだガキじゃねぇか。しかし、悪い奴ではなさそうだな。まぁ、いいか。ゆづはの相棒だし・・・)」
「錢蔵さん、こんにちは。こちらは、あたしの父なの」ゆづはが、挨拶をした。
「あんだべ、二人来ると思ってなかったから、軽トラで来たよわ」錢蔵と呼ばれた男は、私を見て驚きもしなかった。
「構わないよ。おとっつあんは荷台に乗ってね。荷物を押さえといてね」言われるままに私は、荷台に乗った。自動車という奴か? 何で動くか分からないが、現実世界を一つずつ受け入れよう。これは、まぎれもない事実だ。ちょっと400年くらい寝ている間に、時代は変化したのだ。新しい経験が増えていく。楽しいことこの上ない。天気も良かったので、日光浴をしながら目的地へ移動した。辿り着いたのは、良く分からないが田舎の山の麓だった。家が周りに一軒もない。ウチですら二三軒あったのに。親父が車を降りて、ゆづはに状況を再確認した。
「佐々木かえ。92歳で身寄り無し。財産と呼べるものは、この家だけ。税金の滞納も借金も無い。葬儀関係と資産関係の全てを、こちらで処分して欲しいというのが本人の希望だ。行政側も、それを願っている」
「ありがちね」
「不動産関係は、哲人に任せた。火葬代、共同墓地代くらいは何とかなるそうだ。葬儀は坊主の俺が挙げるから無料だ。ゆづはさんには、いつも通り火葬前の身支度をお願いする。まぁ、いつものことだが、大した金にはならん」
「分かったわ。報酬のことは、気にしなくていいわ」私は何か不思議な気分だった。会ったことも無い人の最後の別れを、知らない人が手際よく段取りしていた。恐らく財産分与まで関与しているのだろう。
「水を汲んで、湯を沸かして。それが終わったら、離れて見ておいて。用があったら呼ぶから」と指図された。
「分かった」ゆづはの仕事ぶりを、10mほど離れたところから見ていた。遺体の体を拭き清め、衣装を代え、顔に化粧をしていた。ととと、と近づいて仏さんの顔を見てみた。
「えれぇ、別嬪じゃねぇか!」背後からゆづはに話しかけると、
「まだ、途中なの! 向こうに行っといで!」と、怒鳴られ、追っ払われた。しわくちゃな顔の奥に蓄積された教養と根っからの品の良さがあった。
「(人に愛される人生だったのだろう・・・。しかし晩年は悲惨だな・・・・。なにがあった・・・?)」死に顔を見ていただけなのに、そんなことが伝わって来た。
「あんたが、話しかけてきたの?」しかしかえさんは、無言だった。
火葬が終わり、遺骨を共同墓地に納めると、金目の家財道具を軽トラックに積んで、買い取り専門店「お宝・大魔王」に売りに行った。いつの間にか合流した背広姿の20代くらいの若造(哲人と呼ばれていた)が、何やら偉そうに錢蔵とゆづはに指示していた。弁護士とかいう奴らしい。そこに黒縁メガネの七三分けが合流し、なにやら話がまとまっていた。こいつがギョーセーなんだろうと思った。
「(こいつら何してんの?)」訝っていると、
「佐々木さんの供養の一切が終わりました。私たちは、ほぼボランティアです」とゆづはは言った。
「ボランティアって何だ?」哲人が錢蔵とゆづはに封筒を差し出した。
「報酬は、殆どない。2500円ずつです」
「1000円でいいわよ」
「相変わらずストイックだねぇ。おれは、一応頂いておくよ」と錢蔵は受け取った。
「悪いですな。つけておきます。そして、これはいつも通り」と哲人は、紙袋を渡した。
「お互い様よ。ありがとう」といって、本を二十冊ほど受け取った。
「(1000円って、何両だ! すっげぇ、大金持ちだ! 錢蔵は、長者になってしまった! この短時間で! すげぇな!)」権兵衛の歓喜は止まらなかった!
職を転々としている孫のみなもが、この手の案件を年に何回か持ち込んでくるという。口の堅い信用できる人だけが、ゆづはまで話が通るということだった。
帰宅して、改めてゆづはに聞いた。
「お前の仕事は、死んだ人の火葬をして、葬式を出すことか?」
「遺産相続は、揉めるからね。身寄りがいてもいなくても、何かと面倒なの。そこで、私利私欲のない私たちみたいな存在が動くと、スムーズなのよ。このチームは、メンバーがそれぞれ入れ代わっているけど、私は300年以上続けているの。私の存在は、メンバー以外知らないの」
「何か知らんが、立派な娘に育ってくれた。俺がちょっとの間、昼寝している間に・・・」
「・・・」ゆづはは、何も言わなかった。
「1000円じゃなくて、2500円全額貰えばよかったんじゃないか? お金はあっても邪魔にならないだろう?」
「人の仕事に金額なんて付けられないのよ。多くは付加価値的なもので値段が吊り上がっているだけだから・・・」
「なるほど、沢山もらっても使い道もねぇか・・・」
「そういうこと」もう一つ確認したかった。
「しかし、何だねぇ。死者を永遠に受け入れ続けるのが閻魔大王なら、ゆづはは、永遠に送りだす人か」
「死後の面倒を永久に見てくれる人って、誰にとっても貴重じゃない? 身内ですら信用出来ないっていう人が増えているんだから、尚更よね?」在り来たりな質問だと思ったが、思わず口から出た。
「死んだ人間の財産を、独り占めする奴は、いるんじゃないか?」
「だから、あたしの存在が貴重なのよ。あたし達には、根本的に物欲がないでしょ?」
「お前に物欲がなくても、親族の奴らが死者の財産を持っていくんじゃないか?」
「過去にそういう人は何人かいました。でも不思議なものね。死ぬ間際になると、殆どの人は生前の行いを懺悔するの。欲深な人に限って懺悔のレベルも奥深いの」
「生きているうちに、窘めた方がいいんじゃないか? 早めに改心した方が、本人のためだ」
「死ぬ直前でも、気が付けばいいのよ。本人の納得が一番だから。死後の世界に向かう心の準備が整ったと考えればいいかも。死んだ後にやり直してもらいましょ。死後の世界は分からないけど・・・」
「親族で争わせるよりも、お前が死者の財産を有効に活用するってのは、どうなんだ?」
「どんなに財産を独り占めしようと、親族の方たちも最終的に死ぬからね。全て不老不死の私のところに集まって来ると思えば、全ての一切がカワイイものなのよ。ほとんど、欲しくないものばかりだけれど」
「考えているスケールがデカいな」
「だって、不老不死だもの」ゆづはの笑顔は、悟りきった仙人そのものであった。我が娘ながら、見ていてとても美しかった。悟りの境地に行ってしまったんだろうか? 父親の俺を置いて・・・。
「生きてるだけじゃ暇だから、何がしか、こう言う活動が必要なのよ。私たちには・・・」
「なるほどね、生き甲斐ってやつか」
「そういうことよ」
「(俺も何か見つけなければいけない)」次の依頼は三カ月後だった。
錢蔵とゆづはと現場に向かうと、哲人が誰かと揉めていた。郊外にある高級住宅街なので、我々には場違いな気がした。
「何か勘違いをされています」哲人が言った。
「勘違いなんかしてねえよ。勝手に葬儀を挙げるんじゃねぇ」
「私たちは、依頼人の意志に従って葬儀を挙げることになっております」揉めている我々を見かねて、家の中から奥さんらしき人が出てきた。
「とりあえず、中で話し合ってください」お茶を出され、気まずい雰囲気の中で話し合いが始まった。
「故・大宮孫座衛門様の意志により、葬儀関係や遺産関係の一切を私、笹川哲人が一任されております」
「そんな訳ねぇんだ。相続放棄なんかしてねぇんだから」
「ここに、遺言書があるのですが・・・」ごねていた親父は、遺言書を見ながら、
「遺産は全部、あんたがたのところに行くのかえ?」と怪訝そうにたずねた。
「資産と呼べるほどのものは、ほぼありません。生前に使い切ってしまわれたり、寄付された様子です。ご遺族の方は、その点に心当たりはありませんか?」
「ねぇな。ずっと連絡とってねぇんだもの。だけんど別荘も、車も、沢山あったはずだ」
「全て現金化すると30万円ほどになりました。葬儀費用や、墓地の費用を含めて、その金額で我々は引き受けました。ご遺族でこの金額を引き継がれて葬儀を挙げられますか?」
「それっぽっちじゃ、いらん。あんたらに任せるよ」
「承知しました」ごねた親父とその奥さんらしき人は、とっとと帰宅してしまった。
私は、そのやり取りを見て胸糞が悪くなった。
「金にならないなら、あんたらに任せるって何だよ!」吐き捨てると、
「これを予想して、孫座衛門さんは、財産を全て処分したのかもね」ゆづはは小さく応えた。前と同じように、錢蔵、哲人、ゆづは、私の小さな葬儀が始まった。錢蔵も哲人もやり切れない顔をしていた。
帰宅後、二人で反省会が始まった。
「葬儀って、何なのかね?」
「遺族による最後の別れの筈なんだけど。時代が変わってきているから」
「今日みたいなこと、結構あるのか?」
「三回に一回は、あるわね」
「死者の弔いそっちのけで、財産を奪い合っている親族の争いは、見ちゃいられないな」
「財産を多く残した人ほど、いらない心配事を抱えるの。皮肉なものだわ・・・」
「笑顔と感謝で、死者を送りだせないかね~」
「私らがいなかったら、孫座衛門さんは、浮かばれなかったわね」
「やっぱり、ゆづはは必要なんだな」
「必要なのよ」
「いい生き甲斐だな。人生目標というやつか」
「必要とする人は、一定数いるからね・・・」余韻を残したゆづはの言葉は、私に言ったものだろうか。自分に言い聞かせているものなのだろうか。私には分からなかった。
「そうか・・・、俺も何かしなければいけないな。取り敢えず、腹が減らないようにする勉強を始めるよ」
「お願いしますよ」ゆづはは、権兵衛をちらりと見て言った。
第四話『明日死ぬつもりで、永久に勉強し続けなさい』に続く




