じつは愛人がいる? おまえは可愛くない? だから離婚する? ええ。構いませんよ。ですが、金の切れ目が縁の切れ目と言いますけど、欲を掻くのもほどほどにしないと、手痛い反撃を喰らいますので、お覚悟を。
昨夜、王宮で行われた舞踏会で、私、マリーナ・トワイド公爵夫人は、いきなり修羅場に突入した。
夫であるバンク・トワイド公爵から離婚宣言されたのだ。
夫は自らの金髪を掻き上げた後、壇上に昇り、亜麻色の髪をした、肉感豊かな女性を胸元まで抱き寄せ、大声をあげた。
「悪いが、俺、バンクには、古くから馴染んでいる愛人がいる。
メル・ラピア侯爵令嬢だ。
このたび、俺はマリーナと離縁して、彼女と結婚し直すことに決めた。
実際、マリーナは可愛げがなくって、イライラし通しだったからな。
悪く思うなよ」
寝耳に水だった。
第一、どうしてそんなプライベートなことを、こんな衆人環視の中で宣言されなければならないのか。
壇上の二人を見ると、夫は必要以上に胸を張り、その愛人は褐色の瞳をしばたたかせながらも私に向かって視線を送り、口の端をほころばせていた。
私、マリーナは悟った。
ああ、この人たちは、私に恥を掻かせたかったのね、と。
そのまま夫バンクは、愛人メルと手を取り合って、舞踏会場から立ち去ってしまった。
周囲から憐憫の眼差しを浴びながら、私はポツンと会場に取り残された。
とても恥ずかしくて、銀髪は震え、青い瞳を閉じる。
ただでさえ、「白磁のような肌」と評される私の身体だ。
感情が昂って、おそらく耳まで真っ赤に染まっていただろう。
その翌日ーーつまりは今日、改めて離婚協議が執り行われることとなった。
場所は私の嫁ぎ先ーートワイド公爵邸の大広間だ。
当然、公爵家の家令や執事、侍女など、十人以上に取り囲まれた状態ではあるが、話し合いに直接参加する人数は少なかった。
私マリーナと夫バンクの親族。
そして私たちの結婚の仲人ドーマン・テラス伯爵が席に着く。
私も夫も、共に両親が亡くなっている。
なので、私の親族は弟アレス・サック子爵(旧姓ロミア男爵)しかいない。
対して夫側の親族は大勢いるが、その代表として、王弟アイス・ドミトル殿下一人が顔を出していた。
それでも、参加人数は、彼ら親族二名と仲人役、そして私と夫、さらに新たにトワイド公爵夫人となろうとしている、夫の愛人メル・ラピア侯爵令嬢の、たった六名しかいない。
内々の人物だけで、話し合いの場が持たれることとなったのだ。
(ちなみに、メル侯爵令嬢のご両親は、この離婚協議に不参加であった。彼らは至極真っ当な思考の持ち主で、不倫の挙句、略奪愛を企む娘を認めなかったらしい)
大広間の中央にテーブルが置かれ、私、マリーナの対面に、偉丈夫の夫バンク公爵と、妖艶な肢体をもつ愛人メル侯爵令嬢が、並んで座っている。
夫は厚い胸板をそり返し、鷹揚に構えていた。
「まぁ婚約破棄ということではなく、これは夫婦の離婚なのだからな。
慰謝料もそれなりに払ってやるよ」
愛人メル嬢は、黒い扇子を広げて口許を隠す。
褐色の瞳だけは、しっかりと私を見据えていた。
「ごめんね。旦那さんを取っちゃって。
でも言わせてもらうと、彼、もともと私と付き合ってたの。
そろそろ結婚秒読み? ってところで、彼が言ったのよ。
あんたの親が男爵家のくせに金持ちだからって、持参金目当てにあんたと結婚するって。
でも、マリーナさん。
あんたのお父様、去年、お亡くなりになっちゃったでしょ?
そしたらいろんな権利が別の所に行っちゃったみたいで、金巡りが悪くなったみたいじゃない?
だったら密かに付き合い続けた私が表に出て、あんたが裏に隠れるってのはどうかなぁと思ったのよね。
そしたら彼さぁ、私、メルが表で公爵夫人になるんなら、あんたと付き合い続ける理由は無いってさ。ごめんね」
バンク・トワイド公爵が、腕組みをしてうなずく。
「仕方ないだろう。金の切れ目が縁の切れ目ってやつだ。
実際、鬱陶しかったんだよな、マリーナは。
何かと細かいチェックを入れやがって。
金ってのは、あればあるだけ使う方が、世の中の役に立つってもんだ。
それなのに、家令も執事も侍女も皆、こいつの味方して。
メル嬢と付き合うのだって、なかなか機会窺うのも大変だったんだ。
豊かになっても、窮屈この上ない。
もう好きにさせてくれよ。
俺は公爵家当主なんだ。
男爵上がりの女の尻に敷かれたくないんだよ」
私の正面で、夫と愛人がこれ見よがしにイチャイチャする。
夫、バンク公爵には、悪びれる様子すらない。
もともと、愛のない結婚だった。
私は瞬時に諦めた。
「離婚されるんだったら仕方ない。出ていくわよ」
目の前の男女が、イチャつく仕草を停止する。
私が案外すんなりと応じたのが、逆に気に入らなかったようだ。
「おや? 出て行ったところで、おまえに行く宛てがーー居場所があるのかい?」
「ほんと、強がっちゃって」
夫バンクと愛人メルが、互いに手を握り合いながら、ニタニタ笑う。
たしかに、私、マリーナの両親はすでに亡く、さらには弟のアレスまでが嫁の家に婿入りした結果、実家のロミア男爵家は廃絶している。
生まれ育ったロミア男爵邸は、すでに人手に渡っていた。
つまり、私には帰れる実家がなかった。
そのことを知っていて、夫と愛人が二人して、からかっているのだ。
私は唇を噛む。
(露骨に舐められてるわね……)
私は大きく深呼吸して、気を鎮める。
そして、白い扇子を広げて、自らを仰ぐ。
「心配いらないわ。
私には居場所があるの。
森の中の別荘に住むわ。
私はあそこが気に入っているから」
結婚のとき、持参金とともに、森の中にある、静かな別荘を自分名義で持っていた。
小ぶりながら、独りで住むには十分な広さの、赤い屋根の木造二階建ての山荘だ。
私の悲しい気持ちを癒すにはぴったり。
あれは私のもの。
だけど、愛人メルが、駄々をこね始めた。
「あら。私だって、あそこの別荘を気に入っているのよ。
あれは手放したくないわ」
私は呆気に取られた。
「まさかーーバンク公爵、私の山荘に、この女を連れ込んだの?」
夫のバンク公爵が頭を掻く。
「ああ。悪い、悪い。
メル嬢が、どうしてもマリーナが自慢する山荘を見たいって言ってな」
照れたように笑う夫に、愛人はもたれかかる。
「素敵な所でしたわ。
とても美しい樹々や草花に囲まれたところで。
建物はやや小ぶりで、古臭かったけど」
夫は隣の愛人の亜麻色の髪を撫でながら、快活に言う。
「ということで、あの山荘も貰うぞ。
慰謝料の一部をその購入代金に充てよう」
私、マリーナは、思わず扇子をパチンと閉じる。
「は?
私の山荘を奪っておきながら、新たに代金を出さないっていうの?」
バンク公爵は顎を突き立てる。
「慰謝料を払ってるだろ?」
「相場より安いぐらいですよ」
私が身を乗り出すと、横合いから嘲るような声が割って入る。
「あら、愛をお金で計ろうとなさるの?」
愛人メルが黒い扇子で笑みを隠している。
私は内心、大きく舌打ちした。
(裏でコソコソと不倫していながら「愛」を語るんじゃないわよ!)
私、マリーナ公爵夫人は、バン! とテーブルを叩いた。
「慰謝料の意味、ご存知ですか?
私の心が傷付いたことに対する賠償金なんですよ!」
正妻のクレームを、愛人が嘲笑う。
「なに言ってんのよ。
あんたは、女の魅力で、私に負けただけじゃない。
心に傷ーーそんな目に見えないものに、お金を払えだなんて。
さすがは卑しい男爵家の出ですわね。
おほほほ」
その「卑しい男爵家」の資産目当てに、私と結婚したのが、バンク公爵だっていうのに、よくも、そんな口が利けたものだ。
扇子の裏で笑い声を上げる愛人に、夫のバンク公爵が相乗りする。
「それに、あの山荘は、持参金といっしょに、おまえが嫁いできた段階で、俺のモノになったも同然だろ?
名義書き換えなんざ、面倒だからしなかっただけだ」
私は席を立ったまま、拳を握り締める。
爪先から銀色の髪まで、全身が小刻みに震えていた。
「バンク様。貴方は、あの山荘のこと、『貧相で気に入らない』って……」
かつて夫を山荘に招待した際に、彼が面倒臭そうに言い放った言葉を、私は口にした。
が、まるで動じる様子もなく、夫は自らの金髪を撫で付ける。
「気が変わった。
愛があると何でも価値が出てくるんだ」
そう言うと、隣に座る愛人とキスをする。
妻である私、マリーナ公爵夫人を離縁するための席で、堂々と愛人とイチャイチャしながら、
「な? あの山荘も置いて行け。良いな?」
と、夫バンクは、軽い口調で命令する。
結婚して以来、こんな調子で、何度、我儘を押し付けられてきたことか。
私はテーブルを突いた手を震わせながら、できるだけ丁寧に懇願した。
「あそこは窓からの景色も良いし、湖も見えるし、小鳥のたくさんさえずって、とても気持ちの良いところなんです。
子供の頃から馴染んだ場所でーーお父様、お母様との想い出が詰まる家なの。
あそこの花壇の柵や、鳥箱を設えた杭なんかも、私が自らの手で打ちつけた。
あそこは手放したくないの。
私の最後の居場所まで奪わないで。
ね、お願い」
ところが、愛人メルは黒い扇子を閉じ、バシン! とテーブルを叩く。
哀れっぽい私の態度に、夫が情にほだされるのを警戒したようだった。
「もう、しつこい女ね!
慰謝料だけ受け取って、とっとと出て行きなさいよ。
これ以上、我儘を言うと、慰謝料ももらえなくなるわよ?
貴女には必要でしょ? 慰謝料。
もらえなければ、無一文になるんだから。
慰謝料を貰えるだけ、ありがたいと思いなさいよ」
「……」
私は唇を咬む。
周囲を見回す。
仲人であったドーマン・テラス伯爵は、黒い瞳を伏せて黙っている。
トワイド公爵家の親族である王弟アイス殿下も、片眼鏡を嵌め直すだけで、眉間に皺を寄せて沈黙するばかり。
酷い。
唯一の味方である弟アレス・サック子爵が、席を立ち、訴える。
「どうでしょう、皆さん。
今回の会合はこれでお開きにして、場を改めてはーー!」
弟アレスは、短く刈り上げた銀髪を震わせ、顔を真っ赤にしている。
青い瞳は、私や夫ではなく、王弟アイス殿下に、まっすぐ向けられ、小さな体躯はワナワナと震えていた。
アイス殿下こそが、この協議の席中でもっとも上位者だから、殿下の同意さえ得られれば、仕切り直しができると考えてのことだろう。
列席する人々は皆、弟より爵位が上の者ばかり。
彼は発言権が最も低い立場だ。
それでも姉である私、マリーナを不憫に思い、離婚協議の仕切り直しを提案したのだ。
小心者の弟にしては、上出来だ。
私は冷静さを取り戻し、右手を挙げて、弟を制する。
そして、相変わらず、嘲るような笑みを浮かべている夫と愛人に目を遣り、
「そうですか。わかりました。
お二人が、そんなにあの山荘をお好きなのでしたら、お譲りしましょう」
と、これでもかっていうほどの笑顔を作って応えた。
「おお、物分かりが良いじゃないか!」
夫のバンク公爵は、喜びの声をあげる。
そんな夫に、メル嬢は抱きつく。
私、マリーナは、改めて、夫の愛人メル嬢の方に、青い瞳を向ける。
「ほんとうに、あの山荘がお好きなのですか?」
「ええ」
「わかりました。
あの山荘、お譲りいたしますわ。
でも、私の居場所を奪うのですから、それならせめて愛用していただきたいの」
夫のバンク公爵が横から声を出す。
「わかったよ。
俺も、政務で王都に出仕するとき以外は、あの山荘ですごすとしよう」
愛人メルもうなずく。
「それも良いわね」
もちろん、二人とも本心ではないのは、透けて見える。
彼らは根っからの都会っ子だ。
田舎を楽しむことがあっても、それは、ひとときの慰安のため。
あの森の山荘に長居するとは考えられない。
この女が執拗に山荘の奪取を試みる狙いは、私から居場所を奪うこと。
要するに、嫌がらせだ。
それなのにーーいえ、それだからこそ、私、マリーナは優しく微笑む。
そして、ゆっくりと諭すように、夫とその愛人に言い渡した。
「あなたたちがそんなにお好きでしたら、お二人がこれから先、あの山荘で住むことを条件に譲ります。
ずっと住んでいてください。
それが私の条件です」
「おお、構わないぞ。それで行こう」
と、夫バンクは明るい声をあげる。
私が、いつもの口喧嘩のように、折れてくれた、と思ったのだろう。
私は、再度、テーブルに手を突き、身を乗り出す。
「でも、私は確証が欲しい。
あなたたちがあの山荘に、ずっと住み込んでくださる、という確証が。
そのための行為を、許してくださいますか?」
「おお、いいよ」
「なんでも、好きにしたらいいじゃない」
夫と愛人は、少し気圧されながらも、鷹揚な態度を取る。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
私はツカツカとテーブルを回り込んで、夫と愛人の座る席の間に立つ。
そこには公爵家に長年仕える老家令が立っていた。
離婚協議に参加していた六名の背後には、ずっと彼ら、公爵家に仕える者たちが控えていたのだ。
私が黙って手を差し伸べると、お辞儀をした老家令があるモノを渡す。
花壇の柵や、杭を地面に打ち付ける際に用いる、大きなハンマーだ。
私、マリーナはそのハンマーを掲げると、夫バンクと愛人メルに向けて、思い切り振り下ろした。
ガツッ!
バキッ!
一発目は夫バンクの側頭部を、二発目は愛人メルの太腿を直撃した。
それからハンマーを放り投げると、私は、床に倒れ込んだ夫の上に馬乗りになって、顔をめがけてボコボコに殴りかかった。
ガンッ!
ゴツッ!
鈍い音が響き渡る。
やがて、バンクの口から、
「ぎゃっ!」
「ぐぎゃ!」
と漏れていた呻き声が鎮まり、代わって、
ゴーッ!
グウウウウ!
といった大きなイビキが聴こえてきた。
どうやら、昏睡状態に陥ったようだ。
コイツは、これで、もう十分だろう。
私は血塗れの拳を振りおろして立ち上がる。
そして、メル侯爵令嬢の方へ。
「やめて、やめて。
ごめん、謝るから……」
泣きながらそう言って、足を引きずりつつ、メルは逃げようとする。
すでに太腿を潰されて、思うように動けない。
失禁もしていた。
が、私は聞く耳を持たない。
無表情なまま、素手で、ボコボコに殴りつけた。
ボコッ!
バキッ!
私が今まで、夫の浮気に気づいていなかったと思うのか。
私はおまえらが乳繰り合っている間、家令に命じて用意させたサンドバッグをずっと殴り続けていた。
その成果を、今こそ見せつけてやるーー!
「だ、駄目だ、姉さん。
それ以上はーー!」
弟アレスの悲鳴が、私の耳元で響き渡る。
弟と仲人役だったドーマン伯爵によって、私は背後から取り押さえられた。
私は無理矢理に笑顔を作ると、弟の手を振りほどいて、立ち上がる。
そして、血塗れとなって白眼を剥く夫と、口から泡を吹いて失禁した愛人を見下ろし、ようやく落ち着いた。
どうせ聞こえはしまいが、言い捨てておく。
「お二人とも、ベットから、あの素晴らしい景色を眺めていてくださいね」
私、マリーナは返り血を浴びて、真っ赤になった姿のまま、クルリと振り向き、スタスタと大広間から出て行く。
その後を、慌てた様子で、侍女たちがついていった。
◇◇◇
僕、アレス・サック子爵は、血塗れの男女をーー姉さんの夫と、その愛人の姿を、足下に見下ろしていた。
それにしても、驚いた。
マリーナ姉さんの怒りが、これほどとは。
先程、姉さんにしがみついて動きを止めたから、僕の服にも血がこびりついている。
仲人だった寄親貴族のドーマン・テラス伯爵も顔面蒼白になっていた。
気まずい沈黙が、協議の場に流れる。
やがて、王弟アイス・ドミトル殿下が、床に横たわる男女を見下ろして、溜息をつく。
ロマンスグレーの王弟殿下は、片眼鏡の奥で灰色の瞳を輝かせる。
殿下は、姉マリーナの夫であるバンク・トワイド公爵側の親族代表だった。
だが、語気を強くして、バンク公爵を非難した。
「バンクーー此奴には、若い頃から手を焼いてばかりだった。
我儘な奴なんだが、国王陛下に取り入るのがうまくてな。
今回の離婚協議においても、極力口出しせぬよう、陛下から釘を刺されていたんだ。
バンクがお気に入りの陛下にしてみれば、此奴の好きにさせたかったんだろう。
だが、その結果が、この有様だ。
そもそも、マリーナ嬢を、このトワイド公爵家の夫人として迎えたのは、バンクの申し出によるものであった。
マリーナ嬢の実家、ロミア男爵家の資産が目当ての結婚だった。
それも、先に国王陛下の賛同を取り付けて、マリーナ嬢が断り辛くしたうえでの結婚だった。
お父上のロミア男爵に私は泣きつかれたが、どうにもできなくてな。
マリーナ嬢には不幸な結婚だったろう。
なのに昨夜の舞踏会で、バンクのヤツが、いきなり離婚宣言をするとは。
ロミア男爵が亡くなって、嫁の実家からお金が吸い取れなくなった。
そう知った途端、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、離婚宣言だ。
まったく、恥ずかしい親族だよ、バンクのヤツは。
マリーナ公爵夫人に無礼を働いたのは、夫のバンク公爵の方だ。
よって、慰謝料を払うのは当然だし、本来ならマリーナ夫人名義の不動産を奪うことなど、認められるものではない。
だが、先程の話し合いの結果もあるゆえ、マリーナ夫人の山荘を、この男女二人のために使わせてもらうことにしよう。
そして今回起こったことは、私たちだけで内々に処理しようと思う。
諸君らも、口外しないでもらいたい。
長年、密通をかさねてきた愛人を正妻にするために、衆目集まるところで妻に離縁を申し渡し、挙句、慰謝料をケチって、妻が愛用する山荘を強奪して、愛人と乳繰り合おうと企んだーー。
さすがにこのような破廉恥な親戚を持っていると知れると、恥をかくのは、我が王家の方だからな。
さすがに陛下も、今回の醜態を知れば、バンクに愛想を尽かされるだろうよ」
王弟アイス殿下は、不愉快げに舌打ちして、立ち去っていった。
結局、バンク・トワイド公爵と、その愛人メル・ラピア侯爵令嬢は、病気療養中と公表された。
姉のマリーナは、トワイド公爵邸で生活することを王家により認められ、そのまま屋敷に住むことになった。
今後はより一層、マリーナ公爵夫人が、トワイド公爵家を切り盛りすることになるだろう。
家令をはじめ、執事や侍女の協賛もあり、公爵家存続のために、王弟アイス殿下は、バンク公爵の離婚をなかったことにした。
マリーナ夫人が、トワイド公爵家から出て行くのを認めなかったのである。
それから一ヶ月後ーー。
僕、アレス・サック子爵は、マリーナ姉さんが実質的に主人となったトワイド公爵邸に招かれた。
妻のピアラ・サック子爵夫人と、一歳半の息子カールを連れてきたのだ。
僕の妻のピアラが、
「旦那様のバンク公爵様が、大病を患ってらっしゃるんですってね。
お身体をご自愛ください」
と、姉のマリーナにねぎらいの言葉をかけ、お土産の果物を渡す。
妻の茶色の髪型は少し崩れ、ぽっちゃりした身体も緊張して少し固くなっている。
出産後、少し太ったことを気にする妻は、相変わらずスリムな姉さんに、ちょっと気後れするところがあった。
といっても、二人の仲は良好だ。
このまま時が経って馴染んでいけば、親密な仲になると、僕は信じている。
これまではバンク公爵が場を仕切りまくって、僕ら家族がお呼ばれしても、姉さんと交流し難かった。
表面上の口振りはともかく、僕の妻も、バンク公爵を嫌っていたはずだ。
「伝えておきますわ」
マリーナ姉さんは、穏やかに微笑む。
食後、姉さんは息子カールを抱きかかえてあやし、楽しそうだった。
姉さんも息子も銀髪同士で、ほんとうの母子のようだ。
妻のピアラは、トワイド公爵家の詳しい事情を知らない。
僕も、あの「血塗れの離婚協議」については、誰にも話していない。
ピアラは、息子をあやす姉さんの姿を見て、僕に寄り添い、感嘆の声をあげた。
「旦那様がご不在だというのに、お義姉さん、お元気そうで良かった。
貴方、バンクの旦那様にお会いしたんでしょ?
病状はどうでしたの?」
「そうだね……あの様子では、当分、回復しそうにないかな」
森の中にある、赤い屋根の小さな山荘ーー。
その二階の奥にベッドが二つあり、男女の重傷者ーーバンク・トワイド公爵と、メル・ラピア侯爵令嬢が横たわって、介護を受けている。
二人は再起不能となり、寝たきり生活になってしまっていた。
二人とも片目片脚が潰され、顎が砕かれ、自分の力だけでは食べ物を咀嚼できなくなっていた。
奥のベッドで眠るバンク公爵は、一日の大半を昏睡状態で、イビキを掻きながら過ごしている。
窓辺のベッドに横たわる愛人メルは、ろくに声を出さずに、窓の外に広がる美しい森の景色を眺めて、静かに涙を流していた。
感慨深げに、その情景を思い起こす僕を見て、妻は瞳を伏せて吐息を漏らす。
「ほんと、わからないものね。
バンク公爵様、あれほど元気だったのに。
それに、意外だったのは、バンク公爵様がお倒れになって以降、以前にも増してトワイド公爵家が力を付けていることよ。
貴方のお義姉さんが、凄腕ってことよね」
「ああ。僕の自慢の姉さんなんだ」
あの「血濡れた離婚協議」がお開きになったとき、寄親貴族のドーマン・テラス伯爵が、僕に向かって謝っていた。
「お姉さんーーマリーナ夫人に詫びておいてくれ。
私は情けないことに、相手が王族に連なるトワイド公爵が相手では、何も口出しできないと思っていた。
実際、今まで何度か婚約破棄や離婚の現場を見てきたが、大概が上位者である男性側が意のままに振る舞い、女性側の泣き寝入りすることで終わっていた。
私もそのような常識の下、諦めた気分でこの場に立ち会っていた。
だが、そのことを、今はすごく恥じている。
あなたの姉、マリーナは、まさに毅然たる態度だった。
帝国貴婦人の鑑であった……」
仲人であったドーマン・テラス伯爵は、黒い瞳に興奮の色を交えながら語った。
今後、おそらくは王族の誰かが、マリーナ姉さんの養子、あるいは婿として迎えられ、トワイド公爵家を存続させていくことになるだろう。
そのように王弟アイス殿下が、おっしゃっていたそうだ。
あの時、無料で山荘を寄越せ、と言わなかったら、こんな悲惨な事態にはならなかっただろうに……。
ヘタに欲を掻いたがばかりに、この顛末となった。
恐ろしいことだ。
まさに、一寸先は闇ーー人生は何が起こるかわからない。
そう思いながら、僕は正面に座る、敬愛する姉の姿を眺めた。
相変わらず、僕のマリーナ姉さんは、優しい眼差しをしている。
今も、我が子カールを慈しんでくれている。
ふと目が合うと、姉さんは柔らかく微笑み返してくれた。
これで善かったんだな、と僕は心の底から思えた。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
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【文芸 ホラー 短編】
『伯爵令嬢シルビアは、英雄の兄と毒親に復讐します!ーー戦傷者の兄の介護要員とされた私は、若い騎士から求婚されると、家族によって奴隷にまで堕されました! 許せません。名誉も財産もすべて奪ってやる!』
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【文芸 ヒューマンドラマ 連載完結】
『芸術発表会に選ばれた私、伯爵令嬢パトリシアと、才気溢れる令嬢たちは、王子様の婚約者候補と告げられました。ところが、王妃の弟のクズオヤジの生贄にされただけでした。許せません!企んだ王妃たちに復讐を!』
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【文芸 ホラー 短編】
『美しい姉妹と〈三つ眼の聖女〉ーー妹に王子を取られ、私は簀巻きにされて穴に捨てられました。いくら、病気になったからって酷くありません? 聖なる力を思い知れ!』
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【文芸 ヒューマンドラマ 短編】
『同じ境遇で育ったのに、あの女は貴族に引き取られ、私はまさかの下女堕ち!?しかも、老人介護を押し付けられた挙句、恋人まで奪われ、私を裸に剥いて乱交パーティーに放り込むなんて許せない!地獄に堕ちろ!』
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【文芸 ヒューマンドラマ 短編】
『泥沼に沈められた聖女の復讐ーー私、聖女エリアはゲテモノを食わされ、殺虫剤をぶっかけられた挙句、婚約破棄され、泥沼に沈められた!が、まさかの大逆転!沼は宝の山だった。今更復縁?「覆水盆に帰らず」です!』
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【文芸 ホラー 短編】
『公爵令嬢フラワーは弟嫁を許さないーー弟嫁の陰謀によって、私は虐待を受け、濡れ衣を着せられて王子様との結婚を乗っ取られ、ついには弟嫁の実家の養女にまで身分堕ち! 酷すぎます。家族諸共、許せません!』
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【文芸 ホラー 短編】
『イケメン王子の許嫁(候補)が、ことごとく悪役令嬢と噂されるようになってしまう件』
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