表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

エレベーター

 こんなことがあった。

 

 深夜。

 終電であることを告げるアナウンスが流れる中、電車のドアが開いた。暖房が効いていた車内に、冷たい風が吹き込む。その冷たさに意識が覚醒したのか、辛うじて座席に引っかかっているといった様子の人間たちが、のろのろと立ち上がりホームへ降りていく。まるで獲物を見つけたゾンビの群れのようだ、と思った。

 ひどい眠気がのしかかる重たい身体に鞭を打ち、引き摺るように脚を動かす。改札を出ると、駅の入り口のシャッターが降りていき、なんだか夜に取り残されたような気分になる。

 自宅のマンションまでは十分ほど。歩くのも億劫で、タクシーにでも乗って帰るかと思ったが、既に駅前は閑散としており、タクシー待ちの列すらない。通りを見渡しても車が通るような気配すらない。静寂。

 …歩くか。大きな溜め息が出た。


 いつもの倍くらいの時間をかけてマンションにたどり着いた。ボタンを押して、エレベーターを呼ぶと、灯りがついて、すぐにドアが開いた。既に男が一人乗っていた。こちらに背を向けている。俯いているが、どうやらスマホでもいじっているらしい。見えているとも思えないが軽く会釈して乗り込む。行先ボタンを押すと、後ろで動いた気配がし、二つ上の九階のボタンが光った、ドアが閉まり、エレベーターが動き出す。すぐに自分の部屋のある階で停止し、ドアが開いた。エレベーターを降りて、廊下を進み、一番奥にある自宅へ向かう。

 何か違和感があったが、疲れ果てていたのもあって、その日はそのまますぐに寝てしまった。


 それから、三日ほど経った。

 その日も残業で遅くなり、自宅マンションにたどり着いたのは、日付を超えたあたりだった。マンションの中へ入ると、一人の女性がエントランスのオートロックの扉を開くところだった。たまに見かける顔だ。軽く会釈しあう。女性が先に進み、エレベーター前に行くと、すでに一人の男性が待っていた。こちらをちらりとみたが、特に興味のない様子ですぐに手元のスマホに視線を落とした。呼び出しボタンは押されており、すぐに、ぽーん、という音が響いてエレベーターが到着すた。ドア近くにいた男性、次に女性がスマホの画面を見ながら先に乗り込んだので、その後に続いて、自分もスマホを眺めながら、乗り込んだ。行先階ボタンを押す。

 エレベーターが動き出し、まず最初に五階に停まった。視界の端で、先ほどの男性が降りていくのが見えた。すぐに閉ボタンを押す。

 すぐに六階に停止して、扉が開く。女性と、すぐ後ろについて誰かが降りた。閉ボタンを押してから、あれ、と思い、顔を上げた。

 閉じかけた扉のはめ込みガラス越しに、女性が歩いていくのが見える。そしてその手前、エレベーターを降りてすぐの場所に。こないだの男が、いた。こちらに背を向けて、俯き加減に立っている。

 強烈な違和感。エレベーターを待っていたのは、五階で降りた男性、それから六階で降りた女性、そして自分だけ、だ。


 あの男は、いつ乗り込んだ?


 最初から乗っていた? だとすれば乗り込む時に気づくとも思うが、三人以外にはいなかった…はずだ。六人乗り程度のエレベーターだ。スマホの画面を見ていたからとはいえ、気づかないはずがない。


 そのままエレベーターが動き出す。その瞬間、男が振り向こうとしたのが見えて、思わず顔を背けた。すぐに壁で見えなくなり、七階に到着した。扉が開いたが、そのまま立ち尽くす。急いで六階に降りて見るべきか? 不審者だとすれば、先ほどの女性を見殺しにすることになるのでは?

 少しの葛藤の後、急いで六階のボタンを押し、そのまま閉ボタンを連打する。妙な焦燥感に駆られる。すぐにエレベーターは六階に到着して、扉が開く。急ぎすぎて、開き掛けのドアに脚をぶつけて、ごおおおおんと、すごい音がした。痛みに呻きながら顔を上げると、エレベーターから真っ直ぐ伸びた共用部の廊下の、一番奥の部屋のドア前に立っていた女性が驚いた顔でこちらを見ていた。

 見回すが、先ほどの男はいない。女性と目が合う。十メートルほどの距離でもわかるくらい、恐怖に満ちた顔をしているのがわかる。この状況では、完全に自分が不審者でしかないことに気付いた。

 どう言い訳したものか、痛みにのたうち回りたい気持ちを抑えながら考えあぐねていると、真っ青な顔をした女性の方からこちらに駆け寄ってきた。

「助かりました…!」

 開口一番、お礼を言われて少し混乱した。だが、ほっと安堵したような表情を見て、どうやら間に合ったのかな、と思った。


 一度エントランスに戻り、二人で落ち着くまで状況を確認した。

 話を聞くと、エレベーターを降りた後、すぐ後ろから一定間隔で足音がついてきたそうだ。急いで家の扉の前までたどり着いたが、同時にぴたりと消えた足音が恐ろしく、勇気を振り絞って振り向こうとした。だが、金縛りにあったように動けず、かろうじて視線を下に落とすことができた。視界の端、自分のすぐ後ろに誰かの足が見えた。声も出せず、身動き一つできない。その足が一歩踏み出そうとした瞬間。

 ガン!と音がして動けるようになったそうだ。振り向くと、慌てた様子の私がいたので、思わず助かった、と思ったらしい。


 その日は、友人の家に泊まると言って女性はエントランスから出ていった。それを見送ってから、少し恐ろしかったが、おっかなびっくりエレベーターへと向かう。呼び出しボタンを押して、やや身構えながら待っていると、カップルが降りてきて、怪訝そうな顔をしてこちらを一瞥して、通り過ぎていった。

 そのまま緊張しながら乗り込み、行先階ボタンを押したが、七階まで何事もなく到着した。やや肩透かしを食らったような気分になりながら、自宅へと戻り、そのまま寝てしまった。


 翌日、マンションの管理人に、「不審者がいたかもしれない」と、六階の女性と共に訴えに行き、防犯カメラを確認してもらった。

 だが、どの時間帯の映像を確認しても、廊下やエントランスのカメラを確認してもらっても。そんな男は、どこにも映っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ