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窓【改稿】

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 こんなことがあった。

 

 寝苦しくて、夜中に目が覚めた。見慣れた天井が視界に入って、自宅のリビングの床に転がっていることに気づく。視線を動かして壁に掛けた時計を見ると、深夜二時を少し回ったところだった。

 着ていたTシャツが、汗でぐっしょりと濡れていた。身体を起こすと、節々に痛みが走って思わず顔を顰める。喉が、渇いていた。

 引っ越してきたばかりでカーテンもないので、部屋の中は白い月明かりが差し込んでいた。立ち上がり、のろのろと洗面所へ進む。体に張り付く冷たいシャツを手間取りながら脱いで、洗濯カゴへ放り込んだ。

 そのままキッチンに向かい、冷蔵庫の扉を開いて、水の入ったペットボトルを取り出す。閉じ込められていた冷気が顔に当たり、少しだけ意識が覚醒した。二リットルのボトルの半分くらいは残っていたが、コップに入れるのも面倒で、注ぎ口を唇につけないように注意しつつ、上を向いて口を開け水を流し込む。冷たい水が喉を通っていき、結局、そのままの勢いで一本飲み干した。空になったボトルをシンクの上に置く。ようやく落ち着いた気分になった。

 生ぬるい空気が漂っているが、生憎、エアコンはまだ設置していない。窓を開けよう、少しはマシだろう。キッチンの向かいにあるベランダの方へと振り返り、一歩踏み出した。その時、窓枠の右上の端に、何か白い塊が張り付いているのが見えた。真っ白だ。何かゴミでもついているのかと思い、目を凝らす。よくわからない。もう一歩踏み出して、それが見えて、思わず息が止まった。


 それは、手、だった。人間の、真っ白な両手。


 男女どちらにも見えるが、大人の手のようだ。ほっそりとした十本の指が、まるで虫の脚のように、もぞもぞと動いていた。よく見れば一本一本が異常に長い。ベランダの窓は磨りガラスになっている上、月明かりで逆光になっている。それにも関わらず、まるでそれ自体が発光しているように、はっきりと形が見えた。

 最初に浮かんだのは、泥棒、という単語だった。深夜に一人暮らしのアパートを狙って押し入る強盗がベランダの窓に手をつけて覗き込んでいる。

 だがすぐに、それはあり得ないと思った。長すぎる指は、全て下を向いている。覗き込むように両手を窓につけているなら、指は横か上を向くだろう。屋根から逆さにぶら下がっている? 屋根の淵から窓までは一メートル以上ある。どうやって? どうして?

 

 心臓が、痛いほど跳ねているのを感じる。この音が周囲に漏れ出ているのではないかとさえ錯覚する。

 こちらが気づいていることに気づいているのか。武器になるものを取るべきか、逃げるべきか。

 見つめていたのは、ほんの数秒だった、はずだ。突然、指が動きを止めた。それから手のひらがべたり、と窓ガラスに張りついて、キュ…と微かな音を立てた。その張り付いた両手の隙間、白い手のひらの奥に、何か、黒い塊が動いているのが見えた。だんだんと輪郭がはっきりしてくるのを感じて、それが、近づいてきていることに気づいた。あれは……顔、か?

 動けない。呼吸が上手くできない。目を離すこともできない。黒い影が少しずつ窓に近づいてくる。それが何か見え


 カタン……と物音がして、思わず後ろ振り返った。月明かりに照らされて、先ほどシンクに置いた空のペットボトルが、ころころと転がっていた。

 ほっと息を吐いた。思わず緊張が解ける。はっと気づいて、すぐに窓を見た。


 白い両手も、黒い影も。まるで夢だったかのように、そこにはもう、何もいなかった。

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