平凡な婿候補の退屈しのぎ
実際はそんな事ありませんの姉の話。
ダンピ-ル伯爵家で仕事を教わっていてそのついでに食事をするのはいつもの事。ただ、本日は伯爵夫妻は観劇に行くと食事の時間前に出かけて、ダンピ-ル家の次女は学園寮にいる。
つまり、今いるのは自分とその婚約者だけである。
二人きりにされた状況をそこまで信頼されていると思えばいいのか手を出せないヘタレだと思われているのかと聞いてみたいがそれでどんな回答が返ってくるのか分からないので藪をつつくことはしない。
本当に顔だけ見ればきれいなのだが、あくまで観賞用だな。
(あとは残念だ)
ヒュースは婚約者がイライラしたように食事をしている様を見て、いつも通りの失礼な感想を抱く。
「なんで、あんな地味な子がいいのよっ!! シャルに相応しいのはこの絶世の美貌を持つわたくししかいないでしょう!!」
立ち上がり、高らかに宣言している様は下手な芝居を見るよりも面白いなと黙ったまま食事をしながらそんな失礼な事を思ってしまう。実は観劇を一緒に行かないかと誘われはしたが、その時にはまだ勉強の途中であったし、婚約者は婚約者で自分の傍に地味で平凡な顔が並ぶのは嫌だったのだろう二人して断りを述べたのだが、芝居を断って正解だったなと思えてくる。
婚約者のグリンダは妹の婚約者であるシャルダン・プラム伯爵子息と悲劇のコイビトだった――。という噂を流して皆の同情を誘っていた。
そこに恋愛感情は……多少はあるかもしれないが、彼女は自分を愛している。そう、自分が一番でないと気が済まないので絶世の美女である自分の傍らには同じく絶世の美形であるシャルダンしか相応しくないと思い込んでいて、妹から奪いたいと常々思っていたのだ。
まあ、だからと言って嫁いびりされるかもしれない姑がいるところに嫁に行きたくないからシャルダンに婿に来させるつもりだったようだが。
(つくづく勝手な人だ)
またお詫びとして、シャルダンとマリベルには何か粗品を送った方がよさそうだ。
(今度は何にしようか……毎回毎回お菓子だとそろそろ食べ過ぎてしまうと苦情が来てもおかしくないか。まあ、シャルダンはともかくマリベルは気を使ってそんなことを言わないだろうけど)
どちらかと言えば、迷惑を掛けたのは自分の姉なのでそこまでしなくてもと言いかねない。
「ねえ、聞いてるのかしらっ!!」
どうやらお芝居も終盤に差し掛かったようで、グリンダが目の前に食事がまだ乗っているテーブルを乱暴に叩いてこっちを見てくる。
その際胸を強調するのは止めてほしい。
「見た目ではなく中身が好きなんだろう。シャルダンは」
それくらい分かるだろうと冷たく言い捨てて、ナフキンで口元を拭く。
それにカチンときたのか。
「これもすべてあんたが地味だからでしょう!! あんたがもっと美形なら」
「美形なら手に入ったらあっさり捨てるでしょうが。シャルダン相手にムキになっているのも所詮シャルダンがマリベル以外見えていないからだろうに」
グリンダにとって美形は自分を飾るアクセサリーにしか過ぎない。
「なっ……!? あんたなんて……あんたなんて……」
怒りでわなわなと震えているグリンダを横目に。
「婚約を解消する? それでもいいけど、もともと僕は王城で歴史文学を研究したいだけなんだから」
次期領主の補佐という勉強を放棄して古巣に帰るだけだけど。
「そ……そんなの……」
小刻みに震える手。
「そんなの認めるわけないでしょう!!」
吐き捨てるように告げたと思ったら怒ったように部屋を出ていく。
「やれやれ」
静かに退席できないものかと溜息を吐くが、あれもよくある芝居終了の合図なのでこのままにしておく。
「いいのですか?」
心配そうに声を掛けてくるのはどうやら新人のメイドのようだ。
「ああ。いいんだよ。あれはいつもの事だから」
食事を終えるとゆっくりと立ち上がる。
「後で、お詫びの品になりそうなものを送るから相談に乗ってくれ」
後ろに控える執事に告げると去って行ったグリンダを追いかける。
「今日はどこだろうね……」
自室。バルコニー。ダンスホール……。
「温室かな」
なんとなくそんな気がしたので、そちらに向かうと案の定温室に置かれたソファで不機嫌にふて寝しているグリンダが居るのが見える。
「いくら温室でも風邪引くよ」
「…………今更媚を売るつもり?」
「いや、看病するメイドたちが可哀そうだから」
君のような我儘を面倒見るなんてよほどの聖女じゃないと無理だろうし。
と後半のところを言わないでいたけど、ばっちり伝わったようだ。
「婿候補のくせに!! なんて態度なのよっ!! わたくしを労わりなさい!!」
ぷんぷん怒っている様を眺めつつ、
「――君は僕が労わったりしたら興味なくすだろう」
ポンッと頭を撫でるというか軽く叩く。
「それ以前に今回のはお仕置きだから。優しくしないよ。じゃあ、帰るね」
彼女から離れようとすると服を掴まれる。
「……婿候補が婚約者を置いてくつもり?」
ぶっきらぼうに告げる様に、困ったような笑みを浮かべて、
「仕方ないな」
とソファの傍で腰を下ろした。
グリンダと初めて会った時はお茶会だった。
同じ伯爵家だったが、僕は四男でどこかの婿養子か外で働くのが決定していて、同じような立場の子供が婿入先を必死に探している中。そのお屋敷にしかない書物を借りていた。
正直、それを目当てに来たのだし、当主には許可を得ていた。
『――何しているのよ』
そこに現れたのはグリンダだった。
彼女はちやほやされるのが大好きで輪の中心にいたが、それでも疲れたから休憩しようと輪から外れてここに来たようだった。そこに先客がいたから不機嫌だった。
でも、ちやほやされるのは好きだからすぐにちやほやされると思ったようだが、僕は彼女に応えずすぐに視線を戻した。
それが気に入らなかったのだろう。それからずっと付きまとわれた。
婚約者という打診を受けた時にグリンダは、
『わたくしを引き立てるのなら平凡顔の方がいいからよ』
と言っていたのですぐに飽きるだろうなと諦めたのだが。
(僕まで君をちやほやしたら君は興味失うだろう)
シャルダンにしても僕にしても自分に興味を示さないからこそムキになる。だからこそ、彼女に優しくしない。
「せめて君が自分以外で好きになれる何かが見つかればいいけどね」
それが出来るようになるまでこのスタンスを崩すつもりはないと、怒り続けて眠ってしまった婚約者を眺め、そっと抱き上げて彼女の私室に送り届けたのだった。
ヒュースは性格が悪いのを自覚しているので愛情の裏返しです。まともに愛情を向けたら興味を失うと知っているのでつれないだけです。
ちなみにシャルダンとは仲良く。シャルダンから悪趣味だと思われています。