01
「うわ!?」
真っ暗な教室に大きな声が響いた。
驚かなくて済んだのはいままで寝ていたからだ。
寝ていたからこそ驚くかと思ったけど、丁度いい目覚まし程度だった。
「んー……はぁ、それで大声を出してどうしたの?」
「どうしたのって……なんで電気を……」
「え、そんなの眩しいからだけど」
睡眠の質が悪くなるから当たり前のことだ。
するにしても教室でするなということならもっともな意見だ。
でも、眠たかったから今回は許してほしかった、その状態で移動することになったら危ない、うん、危ないから。
「あ、いたっ、このやろう!」
「わ、助けてー、暴力キャラに襲われているよー」
「え、あー……」
「心配しなくていい、後は俺に任せてくれ」
駄目だった、言うことを聞いてくれそうにはなかった。
用事があると言っていたから休んでいたのに結局これだから困ってしまう。
つまり、放置して逆ギレしているという状態なんだ。
「わ~、なんか引っ張られてる~」
「って、別に今日結月は悪くないか」
そこまで問題行動をしているというわけではない。
彼にはともかくとして、周りの子に迷惑をかけたりしない。
「そもそもどうして戻ってきたの?」
「用がすぐに終わったからだ、どうせ教室で寝ていると思ったからさ」
「もし帰っていたらどうしたの?」
「そうしたら結月の家に行ってたな、暇だから付き合ってもらった」
「はは、なんか鉄也らしいかも」
なんかいつも変わらない感じで安心できる。
だけど、最近はなんとなく不安になっている自分もいるんだ。
鉄也がいつまでもいてくれるとは思えない。
これまでずっと考えないようにしていたことだ、見ないふりをしていたことだ。
「鉄也」
「んー?」
「急に彼女ができたとか言わない?」
「はあ? 結月の世話をしていたらそんな暇ねえだろ」
「そっか」
なら安心しておこう、信じていないと悪い方へ傾いていく。
とにかくいまは家に帰って休むことの方が優先されることだ。
「足借りるねー」
「俺は漫画でも読んでるわ」
足を借りて天井を見ていることが好きだった。
少しだけでも触れられているというだけで落ち着ける。
だけどやっぱり、最近はなんか駄目だ。
「なんかいつもと違うな」
「んー」
「なんだよ、どうしたよ?」
「別にー、こうして鉄也が近くにいてくれるだけで嬉しいよー」
天井ばっかり見ていないで鉄也の顔でも見ておこう。
天井なんてひとりのときでもいくらでも見られるから。
が、気になったのか「見過ぎだ」と言われてしまってできなくなった。
「そういえばさっきはなんの用だったんだ?」
「いきなり教室に来ただけかな、こっちに用があったとかではないよ多分」
仮に用があったとしても驚きはしないけど。
学校で過ごしていればそういうことはゼロではない。
どうなるのか全く分からないのが人生だと言える。
「そりゃまあそうか、結月に進んで近づく奴はいないよな。だって結月、残念少女とか言われているし」
「あれ? 美が足りてないよ?」
「だって残念少女としか言われてねえもん」
どうやら私は残念な人間らしい。
クラスにいたらきっとおおっとざわつくぐらいの存在だったはずなんだけど、なんか違うみたいだった。
優しいけど少し意地悪な鉄也が勝手に言っているだけでもないらしい。
「つかさ、相変わらず結月の目だけは見慣れないわ」
「なんで? 奇麗だと思うけど……」
「だって片方だけ色違うしな」
とにかく自由な幼《保》小中高だから目の色に合わせて髪を染めてみたりもした。
かなり薄い青色? だから光が当たったら分かるかな程度だ。
「あと、やたらと体温が高いところが心配になるんだ」
「鉄也のことが好きだから発熱しているのかもよ?」
「ないな、もし本当にそうだったらそのときは土下座して謝るわ」
「そういうところ好きー」
「よせよせ、っと、そろそろ帰るわ」
家事をしなければならないからこれは仕方がないことだった。
まあ、それはこっちも変わらないから玄関前まで送って戻ってきたけど。
ふぅ、だけど自分のためだけにご飯を作るというのは面倒くさいなあ。
「よし、今日もふりかけ――」
「駄目に決まっているだろうがっ、結月は毎回さあ!」
「ちょ、ちょっと待って、どうしてここにいるの?」
「悪い予感がしたから扉を閉められる前に戻ったんだ」
えぇ、まだお母さんに頼まれて合鍵を託されていたとかそういうパターンの方がよかったよ……。
びっくり超人人間にはなってほしくない。
だって一緒にいるときに安心できなくなってしまうし……。
「なんだよ言えよ、別に作ってやるのに」
「いや、さすがにそこまで甘えるのは違うから……」
それにどうせなら作ったご飯を一緒に食べてほしかった。
誰かがいてくれると違うから、相手が鉄也ならもっと変わってくるから。
家に来るくせにすぐに帰ってしまうから寂しい気持ちになってしまう。
「なに気にしているんだよ、俺達の仲だろうが」
「俺達の仲って言うけど一週間前に出会っばかりだよ?」
「相性がよかったんだろ……って、嘘つくなよ」
簡単に言ってしまえば生まれたぐらいのときから一緒にいる。
出会ってからは当たり前のように一緒にいて、いまもそれが当たり前のことだと思っている。
だからこそ途切れたらどうなるんだろうと考えて……。
「勝手に使うぞー」
「ありがと」
「おう、ちょっと待ってろ」
こうして調理している後ろ姿を見るのが好きだった。
難点は眠たくなってしまうことで、大抵最後まで見切ることはできないということだった。
「……眠たい」
先生の話すペースが一定だから授業が終わると、いや、途中から眠たくなる。
寝てばかりだと鉄也にチョップされてしまうから休み時間は教室から出て過ごすことが多かった。
「あ、昨日の」
「ん……? おお、なんか驚いていた人だ」
「いやだって誰かがいるとは思わなかったから……」
そもそも既に十九時を過ぎていたのになんの用があったのだろうか?
だってこの子はあのクラスじゃない。
「怪しい、もしかして気になる女の子のなにかで悪いことを……」
「そんなのしないよ」
そうか、まあこちらは適当に言っただけだ。
眠気も少しどこかにいってくれたからありがたかった。
「牛船さんのところに行けば鉄也君と会えるかなって」
「鉄也に会いたいの? それなら私といればいいよ、多分今日はお昼休みには来てくれるだろうから」
同じクラスじゃないからこういうことになる。
今年初めて別のクラスになったというわけではないし、文句を言ったところで変わらないから我慢しているところだった。
「あれ、稲澤といたのか」
稲澤弘君、なんかいつの間にか友達だったみたいだ。
部活が一緒でそれからも関わっているらしい。
鉄也曰く「稲澤は常識人だからいいんだ」ということらしい。
「ん? そもそも友達なら私のところに来なくても直接行けばいいんじゃない?」
「そうなんだけど、この人、ふらふらしている人だからさ」
「ふらふら? つんつん、んー、至って普通って感じだけど」
「違う違う、教室に行っても大人しくそこにいないということだよ」
こっちから行くことは全くないから分からなかった。
鉄也はふらふらしているらしい、今日だけで色々なことが分かっていく。
こうして他人から鉄也の情報を聞けるというのは面白いことだ。
「そういえば幼馴染はどうしたんだ? いつも一緒だろ」
「ああ、あの子は……」
なんか凄く言いづらそうな感じだ、相当怖い人なのかもしれない。
はぁ、鉄也が来たら眠たくなってきてしまった。
だからそのまま寄りかかろうとして……やめた。
昔、そういうことを多くしていたら怒られて一週間ぐらい話せなくなったから。
足だけは貸してくれるから結局甘えてしまっているけど……。
「いえーいっ、よーっ、あれれ? 今日は珍しく鉄也もいるなー」
彼の友達にしては派手な感じの人だった。
相棒とも仲がいいみたいだからなんか変わっていきそうな気がする。
面倒見がいいからなあ、証拠は私といるときの相棒だ。
「……瀬奈」
「あ、君もいたんだ、全く気づかなかった。いやー、やっぱり鉄也は君と違ってイケメンでいいなー」
八敷瀬奈ちゃん、相棒はどっちのことも名字で呼んでいるようだった。
「なんてね、弘、ちょっと付き合ってよ」
「分かった」
別にいいけどこっちには一回も意識を向けなかったな。
まあでも仕方がないか、ふたりがいるからどうしても印象が弱まる。
だって残念美少女ではなくて残念少女だからね、はぁ……。
「相棒、どうして名字で呼んでいるの?」
「ああ、別に拘りはないんだ、求められてないからしていないだけだな」
「すればいいのに、だって中学生のときからいるんでしょ?」
「そうだな、いつかしてもいいかもな」
ずっと相棒といたのになんで知らないんだろう。
裏でこそこそとしていたとかそんなことはありえない……よね。
こっちに遠慮をして変なことをする存在ではない。
別に私の物ってわけじゃないから自由にしてくれればいいんだけど。
「ねえ鉄也ー、今度私の家に遊びに来てよー」
「稲澤がいるなら行くよ」
「もちろんそのつもりだよ、まだ家でふたりきりは早いからねー」
へえ、四年とか一緒にいてもまだ早いと考えるのか。
ちょっと派手な感じなのに、金髪なのに、なんか慎重な感じだ。
それだけ相棒とのことを真剣に考えているということなのだろうか?
「あ、ちょっと用を思い出したから戻るわ」
「はーい」
相棒は基本的にこうだからいちいち文句を言っても意味がない。
「私、あんたのこと嫌いだから」
やっと話しかけてきたと思ったら……。
怖い怖い、まさかこちらが敵視される日がくるなんて……。
「ごめん牛船さん、瀬奈は鉄也君のことが大好きだからさ」
「えー、謝られると余計に気になるよー」
「そっか」
相棒が誰と付き合おうと、誰かが相棒を好こうと自由だ。
だから別にそんなことを彼が言う必要は全くなかった。
「ぐー」
「言葉に出すんだね」
「寝ることが好きなんだよー」
放課後の教室が大好きだった、すぐに静かになるから寝るには最適な場所だ。
ただ、今日は何故か稲澤君がここにいるから寝られないでいる。
あんまり知らない人の近くで寝ることは私でもできない。
「瀬奈ってさ、勘違いされやすいけど優しい子なんだ」
鉄也は優しいから勘違いされやすかった、毎日告白されているとかそういうことではないけど結構告白されてきた。
振った後は雰囲気で分かるからその話を出したりはしない。
だからまあ、その逆の人がいたとしてもおかしくはないだろう。
「あんなことを言われたら気になるかもしれないけど、許してあげてほしい」
「怖かっただけでそれ以外はないから」
「でも、鉄也君を取られたくないよね?」
「えー、私と鉄也はそういうのじゃないしー」
これもまたよく勘違いされがちだけど本当にそういうのは微塵もないんだ。
昔から一緒にいたからとか、義務感とか、そういうことだけと言うつもりはないものの、多分発展することはない。
そういうのもあって八敷ちゃんがこっちを敵視する必要なんかなかった。
「稲澤君は? 八敷ちゃんのこと取られたくないとかないの?」
「瀬奈は鉄也君のことが――」
「いやいや、君の正直なところを教えてよ」
「ごめん、まだ仲がいいわけではないからさ」
帰ろう、今日は寝られないから家の方がいい。
ご飯もちゃんと作って、食べてからゆっくり寝ればいい。
私だってねえ、いつまでも鉄也に甘えようとなんて考えていないんだ。
「あ、やっと来た」
「敵視しても意味ないよー」
好きな人以外関係ない、そんな風に見えるのに実際は違うらしい。
「ただいまー」
「お邪魔します」
座るとやる気がなくなるからささっと作ってしまうことにした。
今日の分を作ったらなくなるから明日はお買い物に行こうと決める。
なんかある意味で頑張ろうという気持ちになっているところだった。
「ふぅ」
「ふーん、あんたなんでも鉄也を頼っているわけじゃないんだ」
「作れるよ、毎回来てくれるわけじゃないから」
「へえ、依存していると思ったけどそうじゃないんだ」
依存は……現在進行系でしていると思う。
だからこそこっちはいま頑張ろうとしている状態なんだ。
ほら、私のせいで鉄也と仲良くなれない人が出たら嫌だし。
一応ね、こっちだって他者のことを考えて行動できるから。
「でも、ひとりの場合はふりかけご飯とかで済ますことが多いかな」
「は? あんた駄目でしょそれじゃあ、そうでなくてもほっそいのに」
「私、多く食べても太らないから」
「うわ最低、ナチュラルに自慢してくるんだよねー」
肉がつかない方もそれなりに問題を抱えていることになる、食べていても肉がつかないからどんどんと細くなっていく一方だからだ。
「つか、誘えばよくない? あんたと鉄也、仲いいんでしょ?」
「あんまりわがままを言いたくないんだよ」
「それってわがままに該当するの?」
「嫌いなのによく分からないことを言ってるね」
「ああ、まああんなの冗談みたいなもんだから」
冗談でも嫌いとか言う人は怖いなあ。
だけど稲澤君がああ言いたくなる気持ちもちょっとは分かった気がした。
なんか変な三角関係になっても嫌だから私は傍から見ていたい気分だ。
「それに私、鉄也じゃなくて弘が好きなんだよね」
「言っちゃっていいの?」
「いいでしょ、隠したところで意味ないし」
これも冗談だと考えておこう。
「寧ろあんたには鉄也と仲良くしてほしいわけ、今日ので分からなかった?」
「分からないかなー……」
できた、ご飯を食べて早くゆっくりしよう。
何故か彼女がいてくれたからちょっと楽しい時間だった。
彼女となら仲良くなれそうな気がしたから頼んでみたら、
「いいよ、その方が把握しやすいし」
と言ってくれたからお礼をしておいた。
簡単に言ってしまえば今日のご飯をタッパーに入れて渡しておいた。
こういうのは鉄也が揃えてくれたからあるというだけだ。
「結月、あんたちゃんと暖かくして寝なよ?」
「なんで急に?」
「なんか布団も掛けずに寝ていそうだからさ、じゃあね」
なんだあれ、やっぱりもっと一緒にいないと分からないな。
洗い物をしてからささっとお風呂に入って、ささっと戻ってきた。
課題がないならやることもないからもうベッドに転んでしまう。
私は誰よりもここに転んでいる時間が好きだから心配はいらない。
「ん~?」
「ご飯食べたか?」
「食べたよ、今日は八敷ちゃんが来ていたから」
人がいる=真面目にご飯を作るということでもあるからこれまた心配はいらない。
というか、鉄也は過保護すぎると思う。
もっと自分のことを優先して行動してほしいと考えている自分もいた。
「八敷が? それはまたなんで急に……」
「ん~、布団を掛けて寝なよって言いに?」
「ははは、面倒見がいいからな」
あのことは内緒にしておいた。
友達の大事な情報をぺらぺら話すような人間ではない。
「もう寝るのか?」
「することがないから、寝ることも大好きだから」
「いまからちょっと歩かないか?」
「別にいいけど、じゃあ私がいまから――」
「馬鹿、俺が行くから待ってろ」
馬鹿じゃないのに、たまにはって考えて行動しようとしたのに。
やっぱり優しいけど意地悪だ、そこは「ありがとな」と言っておけばいいのだ。
それから少し時間が経過した頃に来たから出てみたら「よう」と笑みを浮かべた鉄也が立っていた。
「暖かくなったよな」
「うん、だからすぐに眠たくなる」
「冬でもだろ、なんなら人といてもそうだろ」
確かに、ある教科担任の先生のときは特に駄目だ。
眠たくなるからもう少し一定じゃないようにしてほしい。
真面目にやっている生徒のためにもそれは必要なことだった。
「あ、だけど放課後に稲澤君といたときは寝られなかったよ」
「なんで? 稲澤はいい奴だぞ?」
「仲良くないから?」
「それでも関係なく寝る人間だろ、普段教室で寝ているのにおかしいぞ」
確かにっ、じゃあ……鉄也じゃないから?
分からない、分からないから考えることはやめておいた。




