真似まぎれ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うーん、電線がきっかけで電気椅子を思いついたか……いったい、いついかなることが天啓をもたらすか、分かったもんじゃないな。
ん、ああつぶらやか。お前も調べものか?
ほら先生に電気の使い方について、調べてこいって言われただろ? でも、生活に使われる明かりとかのこと見ても、あんま面白いと思えねえんだよな。
どうせならインパクトあること選びたいだろ? いろいろ調べてみたんだが、そこで電気椅子に行きついちまったのよね。
電気って、考えてみるとなかなかやばい代物だよな。
電気椅子で身体に電気流されると、命を奪われるより先に身体の臓器がダメになっちまう。しょんべんすらできなくなっちまってさ、死体はオムツをしていないと大惨事になりかねないんだと。
脳から身体への信号も、電気によって送られているからそいつも狂う。
映画とかで見ないか? 高圧電線に触って感電しているにもかかわらず、電線を握り続けちゃっているシーンとか。
あれ、身体に流れる電気のために指令が混乱をきたしてよ。「電線を離せ」という命令がうまく届いてねえために起こることの再現らしいぜ。
と、ことのえぐさを知ることができるのも、知識あってのこと。
ちっこいころは分からないもんが多いせいもあって、インパクト重視。ついつい、それらの真似ごとをしたくもなるもんだ。
まれに本当にやばい事態も起こるが、たいていは成長に必要なおふざけの範疇で済まされ、大人だって生暖かく見守ることが多いだろう。
問題はそれが本当におふざけで済んでいるかが、はた目には分かりづらいところだが……俺たちはけっこう知らぬ間に、綱渡りに成功、あるいは居合わせているのかもな。
俺自身も、ひょっとしたら……と感じる思い出話があるんだが、聞いてみないか?
先に話したような真似の話だが、幼稚園ぐらいからテレビで見ることの真似っこに走るケースはいろいろあった。
傘を武器代わりに数々の必殺技を真似るのは、熱心にやってた人もいるんじゃないか?7
俺たちもその口だったんだが、まあとどめを刺すところまで忠実にやると、結構危ないよなあ。持ってるもんを相手に突き刺したりとか痛いで済んだらいいほうだぜ。
いかに仕掛けるフリ、やられるフリをして雰囲気を出させるのかが、おおいに課題になっていた。
特に後者のやられ役は、うまくやらないと白けちまう。時に主人公補正だかなんだか知らないが、「そんな攻撃は効かない」とか言い張る奴もいて、ケンカになったり、白い目で見られたりしてたっけ。
その中で一番いいやられ役を演じた女の子がいる。
いや、当時の俺たちはほとんど男と認識されていたな。幼稚園児からして、中世的な顔立ちで、ちょいと手を入れればどちらの性別っぽくなる。
男女の性別的垣根なんか、当時はほとんどなかったし、その堂に入ったやられ方には俺たちも心地よささえ覚えてしまう。
斬られ方、倒され方の角度も考えて、見事にもんどりうって倒れる様は、本当に技を食らったかのよう。
一流のプロレスラーは、カカシ相手にも試合を展開できると聞いたことがあるが、これがその在り方だったのかもしれない。
自分の技の仕掛けのみならず、受けっぷり、やられっぷりまで見せなきゃプロレスとはいえないだろうからな。彼女の場合はそれが、堂に入れすぎていた。
もちろん、俺たちは仕掛ける手足、得物がぶつからないように気をつけていたんだが、あの日ばかりは、彼女に仕掛けないほうが良かったかなあと思ったんだ。
親が迎えに来るまでの幼稚園児は、たいてい園舎の外で遊んで待つ。
その日は俺と彼女、もう一人の友達の迎えが遅くて、他のみんなをどんどん見送っていく立場になっていた。
人数が多いところでこそ、必殺技ごっこは映えるものなんだが、その時は彼女の方から「やろう」と言い出して、少し意外だったさ。
彼女はこちらから頼めば断ることはしないが、自分からその役を買って出たことは一度もない。
他の連中にしたって、やられ役なんてつまらないものという考えがほとんどだったから、いい様に彼女に押し付けていた部分もある。
内心でいい気分しなかったんじゃないかなあ、と思いつつ一度は断るも、彼女はぐいぐい押してくる。
なら仕方ないと、俺が必殺技を放つ役を引き受けたわけだ。
このころの流行りは、雷を剣に落として斬りかかるものだった。
今日は傘を持っていない。俺は手ごろな枝を拾って、身構える彼女からやや距離を取る。
枝を大きく天へ掲げて、数秒待つ。見ているアニメだと、ここで都合よく雲が湧いて、剣の先端へうまいこと雷が落ちるんだが、実際はそうはいかない。
代わりに、残っているもう一人の友達が「ずどーん」と、口で落雷を告げる効果音を響かせた。
俺は両手で掲げていた剣を、いったん顔の横まで持ってきて、キャラがやるようにいったん八相の構えを取る。直後、中腰気味に身構える彼女へ飛びかかった。
袈裟懸け。
斜めに振り下ろした枝は、狙い通りに彼女の身体数十センチの余裕をもって、空を切り裂いたんだ。
その軌道をなぞるように、彼女は自分の肩に手を当てながら、斬られた勢いを暗示するように一回転。これもまた原作の敵役がしばしば見せる動き。
コマの倒れるかのような動作をきれいに真似て、彼女はどうっと園庭へ半身になって倒れたんだ。
そこまでは、いつもやるような感じだが、俺たちが目をむいたのはそこからだ。
彼女は水にあげられたような魚の動作で、びちびちと砂利の上を跳ねはじめたのさ。
それだけなら、器用な真似をする奴でまだ済んだかもしれない。しかし彼女は顔をこちらへ向けたまま、口の端から泡を吹き出すのを見たら、やばいと思わない奴はいないだろう。
俺は確かに当ててはいない。友達と互いに顔を見合わせ、彼女へ駆け寄ろうとした。
そのとき、ずっと空の高いところで「ゴロゴロ……」と鳴り響く音。
紛れもなき雷音。俺たちは空を見やるも、雲一つない青空がそこに広がっている。どこからあのような音が響いてきたのか。
そのとまどいから、また彼女へ目を移す。
すでに彼女の口はあぶくに隠れ、その下の地面も垂れたよだれに濡れているが、それだけじゃない。
彼女のまとう服が、かすかに燃えている。
髪にもいくらか赤く灯るそれは、火のついた線香を思わせるともしびだったが、さほど時間を置かずに消えてしまう。
と、彼女は俺たちの力を借りるでもなく、ぴょんと跳ね起きた。
先ほどまでの死にかけにさえ思える所作はどこへやら、ぱっぱと服や髪に落とした汚れを平然と落としていく姿に、俺たちは目をぱちくりせざるを得ない。
あれも演技だったのか、と彼女の問うと、今回は違うという。
「あのね、これからようちえんに雷が落ちて燃えるところだったから、それをかわりにひきうけたの。あのわざならちょうどいいとおもって。これでしばらくだいじょうぶ」
気味悪くなった俺は、その日以来、彼女に技をかけることを止めたよ。
そして俺たちが園を卒業してから一年後。園が火事になったという話を聞いた。
火元となるものは見つからず、謎多き失火とされたけれど、居合わせた幾人かによると、晴れ渡った日にもかかわらず、火事の直前に雷の音が空に響いていたのだとか。