07_絶対に誤解されたくない魔法使い②(セルヒ)
恋愛小説はまるで宝石だ。色とりどりの感情がこれでもかと詰め込まれている。宝石には興味ないけど。
俺は恋愛小説にハマるとともに、ある憧れを抱くようになった。
(恋愛小説のような恋がしてみたい……)
そんな俺の気持ちを敏感に察知したのが師匠のオーランドで、それに歓喜したのが両親だった。
幼くして魔塔に預けられたことで、不遇な幼少期を想像させるらしく、意外に思われることもあるが、俺は家族に大事にされてきた。オーランドの元へ預けられたのは、それが俺にとって最善だったからであり、疎ましい気持ちから追いやられたわけではないことも理解している。
俺には弟と妹がいるが、二人のように側にいてあげられないからと、父も母も分かりやすく俺に愛情を注いでくれたと思う。
そんな両親は感情に乏しい俺が恋に興味をもったことを喜び、すぐにお茶会を手配した。
オーランドの元で訓練を重ね、魔力制御が上手くできるようになっていたことも功を奏した。
今まで弟や妹が同年代の令息令嬢と交流を持つためにお茶会に参加していることも知っていたが、これまで全く興味がなかった。けれど、参加へと至る経緯が経緯なために、俺の胸には期待が湧きあがった。
「運命の相手に出会えちゃったらどうしよう」
そんな俺をオーランドは腹を抱えて笑ったけれど、気にならないほどに心が浮き立った。
しかし、そんな期待は7度目のお茶会参加の頃には綺麗さっぱり消え失せる。
(誰にも興味がわかない……)
全くわかない。微塵もわかない。辛いほどわかない。
やっぱり、自分はどこか欠落しているのかもしれない。こんな自分には恋愛小説のような恋など未来永劫無理かもしれない。
良かったことと言えば、多少の社交性が身についたことだ。普通に笑顔を作り、普通に感じよく話すことはできる。俺の見目はやはりいいらしく、同年代の令嬢は目を輝かせて俺と話したがるから、その相手をそつなくこなす。まだまだ幼い俺だったが、人前で人好きのする子供を演じられるようになっていった。
しかし、目に見えてどんどん心が荒んでいく俺を見て、両親はお茶会をやめた。
それからは、恋愛小説は現実ではないから心が潤い、楽しめるのだと割り切って、ただの読み物として楽しむようになった。
けれど、俺はある日、ルーツィア嬢と出会った。
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「それにしても、お前が好きな子の前でまさかあんなにも豹変するなんて…‥ぷくく、思い出しても笑える~!」
ノースがニヤニヤと俺を見てそう言うが、この建物の中にルーツィア嬢がいると思うと怒る気もわいてこない。魔塔は広いが、一つ屋根の下だ。実質寄り添っているようなものではないだろうか?
それに、ルーツィア嬢のことで揶揄われている思うとむしろ気分がいい。不思議だ。恋はすごい。
むしろ、話を聞いてほしいとすら思う。
「俺は、恋愛小説が好きだ」
「知ってるけど?俺くらいだよね~この魔塔でそんなこと知ってるの。意外過ぎだし」
「恋愛小説には俺に必要な英知が詰まっている」
「へっ?」
話が見えないのか、ノースがマヌケな声を出す。
恋愛小説にはいくつか『よくある展開』というものがある。それはきっと、恋において起こりがちな事件やハプニング、はたまた、時に良きスパイスになるような事柄なのだろう。
恋愛小説を読む者は、その事件や、事件によって起こる登場人物の感情を楽しむ。しかし、俺には気づきがあった。
恋愛小説でよくある展開は……恐らく、現実でも起こりやすいものだ。
「恋愛小説で起こりがちで、現実で起こると恐ろしいことはなんだか分かるか?」
「エ……なんだろ……」
ノースはよく女性とともにいるのを見ていた気がするが、こんなことも分からないとは。だからきっと、特定の相手がいないのだろう。適切な対処ができずに相手に振られているのか、それともそもそもノースはまだ本当の恋を知らないのか、どちらかに違いない。
可哀想に……こんなにも素晴らしい感情をまだ味わったことがないとは……。
「ふ……」
「えっ、なんで今俺のこと馬鹿にしたように笑ったの?え、なんで?」
(大丈夫だ、自分は感情が欠落しているのかもしれないと悩んでいた時期もある俺が、ルーツィア嬢に出会えたんだから、ノースもいつか唯一と思える大事な人に出会えるさ)
口に出すのは癪なので、心の中で励ましながら、「この気持ちだけでも届けてやろうか」と思い、うんうんと頷いておいた。
「恐ろしいことはたくさんあるが、俺が最も恐ろしく思うことがある」
「え、今の頷きって何だったの……」
「それは、誤解、すれ違い、勘違いだ……!!」
これぞ、恋愛小説で定番であり、現実で起これば目も当てられない事態を引き起こしかねない恐ろしい要素!!!
小説ならばその誤解を解き、すれ違いを乗り越え、勘違いを正すことでより絆を深めたり、両片思いの感情を正しく両想いに昇華したりということができるものであるし、それが醍醐味でもあるわけだが、現実には絶対に必要ないと断言する。
そんな刺激的かつ危険を孕んだ道を辿らずに、全て伝えればいいのだ。想いは伝えれば伝えるだけ伝わる!そうに違いない。
だって、ハッピーエンドが約束されていない現実で、誤解がそのまま悲劇の結末を引き起こしたらどうするんだ?
『セルヒ様、私のことをそんな風に思っていたんですね……もういいです。サヨナラ』
『ま、待ってくれルーツィア!』
ある恋愛小説のワンシーンが、俺とルーツィア嬢で自動再生される。
う、うわああ!想像するだけでゾッとする!!
無理だ……無理すぎる……
誤解からルーツィア嬢を悲しませるのも絶対に無理だし、すれ違いからルーツィア嬢に冷たい目で見られ別れを告げられるなど……もうこんなの誤解解く前に死んじゃう……。小説のヒーローたちメンタル強い。すごい。
「ということで、俺はルーツィア嬢に絶対に誤解をされたくないんだ」
「よく分からないけど、分かったよ……」
ルーツィア嬢と出会った日から、いつか、ルーツィア嬢と再会できる日を夢見て。未来の誤解の種を決して作らないように、無理に人に良い顔をすることをやめた。
それにより、人嫌いや女嫌い、冷酷な魔法使いなどと言われてきたが、ルーツィア嬢に誤解されなければなんでもいい。特に交流したいとも思わないしな。
「あとは……この溢れんばかりの愛を伝え、ルーツィア嬢に振り向いてもらう……!」
俺は恋愛小説で見たヒーローたちの素晴らしい行動の数々を参考にしようと思い返しながら、強い決意を新たにしたのだった。
絶対にすれ違いを許さないヒーロー、爆誕!