06_絶対に誤解されたくない魔法使い①(セルヒ)
ルーツィア嬢がグレイスに連れられて部屋を出ていく。その後ろ姿を見つめながら俺は思わず胸を押さえた。
「ウッ、苦しい……どうしてあんなにも……」
「あんなにも?」
「か、可愛いんだ……」
「うひゃひゃ!セルヒの口から女の子を可愛いって言うのが聞ける日がくるなんて!」
合いの手に思わず言葉を返すとノースが腹を抱えて笑う。いつもならば物理的に黙らせるところだが、幸せすぎて暴力に訴える気が微塵も湧いてこない。すごい。幸せってすごい。
脳みそがとろけそうだ。幸せは人を馬鹿にする。けれどそれ自体も不快ではない。むしろ馬鹿になるほど幸せだ。すごい。
やっとこの日が来た。ルーツィア嬢と初めて会ってから何年が過ぎただろうか?ドキドキする。
きっと彼女は俺と会ったことなど忘れている。俺だけが覚えていて、片時もルーツィア嬢のことが忘れられなくて、ずっと、こうしてまた会える日を、話せる日を待っていた。
甘やかなストロベリーブロンドの髪、ルビーのように煌めく、潤んだ赤い瞳。全部全部可愛い。全部全部特別に輝いて見える。すごい。
小柄な体も守ってあげたくて愛おしく思うが、それが控えめな食事のせいかもしれないと思うと、愛しさと同時に、こんなにも俺が大事に思うルーツィア嬢を蔑ろにしていたリーステラ家の人間に憤りも湧く。
リーステラ家で、ルーツィア嬢が居場所を求めて、けれど見つからなくて、辛い思いをしていたことは知っている。数年前、だからすぐに魔塔に呼び寄せようとしたのに、なぜかリーステラ夫妻と彼女の兄という男に拒まれてしまった。それからはわざわざ高い魔道具を用意して結界を張ったらしく、リーステラ家の様子も見えなくなってしまった。
その行動がとても理解できなかったが、ノースに言われて納得した。
「貴族の娘なんでしょ?どんなに無関心な娘でも、娘は娘。政略結婚にでも使おうと思ってんじゃないの?」
……本当に忌々しい。
けれど、彼女はこうして俺の元へ来てくれた。
(まるで、運命の恋!いや、まるでではなく、これは俺の運命の恋なんだ)
ずっと、夢見ていた。大好きな恋愛小説のように、身を焦がすような、何もかも犠牲に出来てしまうような、その人だけいれば何があっても幸せでいられるような恋をして、この身の全てで誰かを愛すること。
ルーツィア嬢に出会って知った。
(恋愛小説みたいな恋なんてない)
だって、人を好きになるっていう気持ちは、恋愛小説で書かれているよりもずっとずっとずっと強く、深く、そしてずっと幸せで辛い。
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俺は、小さな頃から魔塔で暮らしていた。通常は早くても魔力制御ができるようになって、自分でこの場所を望んでくることが多いが、俺の場合は違う。
俺の持つ魔力は類を見ないほど多く、度々魔力暴走を起こした。そしてこれほどの魔力量を正しく制御する方法を家族も、どの家庭教師も俺に教えることができず、やむなく魔塔の魔法使いであった俺の師に預けられたのだ。
そんな俺は、感情に乏しい子どもだった。おそらく、この身に宿る莫大な魔力のせいだろう。そして、小さな頃から大人も感嘆するほど美しい顔をしていた。らしい。興味がないので分からないが。
幼い子供のくせに小難しい魔法書などしか読まない俺の情緒を心配して、師匠であるオーランドは数冊の本を渡してきた。その全てが物語を描いた小説で。
戸惑う俺に、オーランドはいつものようにどこかへらへらとしながら言った。
「全然面白くなくてもとりあえずそれ全部読んで、全部つまんなくてもとにかくどれが1番面白かったか教えてね~」
(魔法書は必要だから読む。だけど、物語なんて何が面白いんだ……)
渡された本を確認する。タイプの違う冒険物語が2冊、動物とほのぼのするような話、無能と言われた魔法使いが成り上がる話……他。どれも主人公が熱く、師匠の好みが偏っているのが分かる。
(なんだこれ、これだけ他のと違う)
その中に紛れていたのが一冊の恋愛小説だった。
(こんなの、一番興味ないし……とうか、この本だけあまりに違うし、オーランドのじゃないだろ。間違って持ってきたのかな。ハア、とにかくめんどくさ)
それでも俺は素直な弟子で、こんな自分を面倒見てくれる師匠にそれなりに恩も感じていたから、きちんと言いつけを守った。
数日後、オーランドに本を返しに行く。
「うーん、魔法書は『それちゃんと読めてるの?』って聞きたくなるほど読むの早いのに、興味ない本は読むのすっごく遅いね!まあ、読んできただけマシか~」
あはは、と笑うオーランドに、まずは紛れ込んでいた恋愛小説を突き付ける。
「ん」
「おやっ、これは僕の姪っ子の本じゃあないか。間違って紛れ込んだんだねえ。すまないすまない。しかし、これが渡すつもりだった本じゃないと気付くあたりさすがだねえ」
オーランドはそう言いながら、恋愛小説を受け取る。
「それで、どれが一番マシだった?」
「それ」
「えっ?」
「その恋愛小説だけは、すごくすごくすごく面白かった」
「ええっ?」
ええって、なんだよ。だから、一番にその本を突き付けたんだろ。
オーランドも、まさか俺が恋愛小説を気に入るとは思わなかったようで、それだけは読まなかったのだと思っていたようだった。俺も読まずに返そうかと思っていたけれど、もしもこれが紛れていたのが間違いではなく、オーランドがわざと入れていたのだとすれば、読まなかったときに色々言われるかもしれない。
オーランドの揶揄いは面倒くさい。だから、それが嫌で、最後の最後に渋々と目を通した。
そして、夢中になった。