05_様子のおかしい魔法使い
ノース様は女性の魔法使い様を呼びに行き、すぐに戻ってきた。
一緒に現れたのは清涼な風のようなミントグリーンの長い髪の、見るからに大人のお姉さんだ。
「あらあら、あなたが『噂の』ルーツィアちゃんね!初めまして、私はグレイスよ~」
「は、初めまして」
にこやかに挨拶をしてくれるグレイス様はとても感じがよくて、優しそうな人だと思う。けれど、彼女の言った『噂の』という言葉が気になってしまった。
これまでも、何かと噂されることが多かった私。だけど、その内容がいいものであったことなんてない。
考えたくないのに、頭の中に嫌な記憶が次々と呼び起こされていく。
『ああ、あれがリーステラの本当の娘か。人前に出るのはリゼット嬢ばかりだから、実際に見るのは初めてだ』
『落ちこぼれのダメ令嬢なんだろう?見た目もリゼット嬢に比べて地味だな』
『なんでも、魔力なしの判定を受けたのだとか』
『リーステラ伯爵夫妻もさぞガッカリなさったことだろうな』
『まあ、本当に?今時平民でも多少の魔力はあるんじゃないの』
『だからああして、伯爵家でも扱いに困っているんだろう』
『まあ、リーステラ家には立派な後継ぎがいる。娘が無能でも家は困るまい。それに、リーステラにはリゼット嬢という、あの聖女様の娘がおられるのだから、多少の不運は背負ってもらわねば割に合わないだろう──』
リゼットがその美しさや稀有な能力を持つこと、誰からも愛される聖女様の生き写しであることで、どんな人にも愛され、どんな人の目も引くそばで、私はずっと、そんな言葉を言われ続けていた。
私の家族にとって、私の存在は『不運』なんだ……。
たしかに、私は家族であって家族ではなかったように思う。直接酷い言葉を言われたり、暴力を奮われるなんてことはない。けれど、愛情を向けられた記憶もなかったなとそのときに改めて実感した。
……そういえば、ノース様やセルヒ様、グレイス様も、なぜか私の名前を知っている。もしかすると、魔塔に買われるための書類にサインをしたから、契約とともに何かの知らせが届いて知っているだけかもしれない。むしろその方が可能性は高いように思う。けれど、さっきグレイス様が言っていた『噂の』、という言葉がどうしても気になってしまう。
(ひょっとして、ここにも、無能で落ちこぼれなダメ令嬢という私の噂が届いているのかもしれないわ)
そう思い至ってサッと血の気が引きかけたその時──。
「グレイス!意味深な言い方はやめろ!」
セルヒ様が、この場所に現れた時と同じように眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔で、グレイス様を咎めるように言った。
……と、思ったら、次の瞬間にはくるりと私の方に向き直り、優しく穏やかな声を出す。
「ルーツィア嬢、突然こんな場所に連れて来られて不安だろうに、君の知らない君の話はもっと不安になってしまうだろう。噂の、というのは、そうやって言いたくなるほどに俺が君を待ち焦がれていたということを揶揄っているだけなんだ!ああ、ちなみに俺は今そこの魔法使いを名前で呼んだけれど、魔塔の魔法使いは基本的に家を出ているから家名を持たず、そう呼ぶしかないからなだけであって、名前で呼ぶほど親しいなどというわけではないということを分かってほしい」
「あ、はい……」
勢いがすごくてなんとか返事をするので精いっぱいだわ……!
そんな私たちの様子を見ながらグレイス様がどこか呆然としていて、その肩をノース様がぽん、と叩いているのが見えた。
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「うふふふふ!まさかあのセルヒがあんな風になるなんて~!」
グレイス様が、とても面白そうに笑う。
今、私はグレイス様に、「体が冷えきってしまっているから、もういっそのこと一緒にお風呂に入ってしまおう!」と浴室に連れて来られたところだった。
「そんなに、いつもと違った様子なんですか?」
グレイス様が魔法で広い浴室の空気を暖めたり、お湯を沸かせたりしてくれているのを夢見心地で眺めながら、セルヒ様について聞いてみる。
「全然違うわ!私、セルヒが二単語以上続けて喋るのを初めて聞いたかもしれないくらいよ!」
「ええ?」
つい驚いた声が出てしまう。だって、セルヒ様は現れてからずっと、とってもよく喋っているわよね?二単語どころか、息継ぎが間に合っているか心配になる程喋っているような気がする。
「だから面白いんじゃないの〜。普段は本当に、ああ、とか、そうか、とかくらいしか言わないわよ!ノースとか他の男魔法使いの前ではもう少し話すみたいだけど、女性の前ではほとんど話さないわ」
「女性の前では……?」
「だから私たち女魔法使いの中では、セルヒは女嫌いで、同性が好きなんじゃないかって噂されたこともあったくらい!でも、ルーツィアちゃんにあれほど必死であれこれ説明しようとしているのを見ると、そうじゃなかったみたいね」
たしかに、噂で聞いたセルヒ様は、人嫌いで、無口でほとんど喋らず、冷酷な人だってことだった。さっきまで一緒にいた実物のセルヒ様を思い返してみても、とてもそんな風には見えない。そして、グレイス様が教えてくれるセルヒ様の話も、さっきのセルヒ様と同じ人の話とは思えない。
「あいつね、普段口数が少なすぎて、すっごく誤解されやすいのよ。そしてそれを気にもとめないから、直す気がない。だけど、ルーツィアちゃんにはどんな小さな誤解もされたくないって感じよね〜!うふふ、面白い!楽しい!」
いまいちピンとこないけれど……そういえば、ノース様も少し驚いてたみたいだったよね?
だけど、もしそうだとして、どうして私の前でだけいつもと様子が違うんだろう……。
(ああ、ダメだわ。いろんなことがありすぎて、心も頭もパンクしそう)
どうせわからないのだから、考えるのをやめようと、ふうっと息を吐く。
すると、今度はグレイス様が使っている魔法が気になった。
さすが、魔塔の魔法使い様!グレイス様の魔法はとっても綺麗だわ。
私は自分が魔力なしだということもあり、魔法の訓練を受けたことはないし、訓練を受けるような場所にも行ったことがない。
だから、リーステラの屋敷でリゼットが魔法を使っているところを何度か見たことくらいしかないのだけど。
リゼットとグレイス様の魔法は、全然見た目も雰囲気も違うものだった。
(魔法って、こんなにも人によって違いがあるんだ)
グレイス様は、興味深く魔法見つめる私に気づいて、クスリと笑った。
「なあに、そんなに熱心に見つめちゃって。どうかしたの?」
「あ、ええっと、その……すごく綺麗だなって」
見つめていたことがバレて少し気恥ずかしい。
けれど、正直にそう告げた私に、グレイス様は首を傾げた。
「綺麗?今、お水を温めてお湯にしているだけだけど」
「あの、私、誰かが魔法を使うところをほとんど見たことがなくて……グレイス様の魔法は、とっても綺麗なオレンジ色なんですね」
私の言葉にグレイス様はすっかり笑みを消してしまった。
(ひょっとして、魔法について触れるのは失礼だったのかしら……)
どうしよう、私はいつだってそう、言い方が悪くて、リゼットにもいつも誤解されていたのに。グレイス様が優しくて、浴室が暖かくて、つい余計なことばかり言ってしまった。
そう後悔して、怒らせてしまう前に謝ってしまおうと決心する。……もう怒らせてしまっているかもしれないけれど。
「あの、余計なことを言ってすみません……」
「まってまって、そうじゃないの!ごめんなさいね、ちょっと気になることがあっただけなのよ!」