55_なぜか嫌われた、その理由
すっかり気が立ってしまった様子の魔獣ちゃんをなんとか宥めて、一度部屋を後にする。
エントランスの一角にある、広々とした談話スペースに向かうと、そこに座ったセルヒ様が不満そうに口をむむむっとさせて待っていた。
「どうして俺だけあんなにも威嚇されたんだ……」
ああ、セルヒ様、あんなに可愛い魔獣ちゃんに一人だけ嫌われてしまったと落ち込んでいるのね……!
そんなしょんぼりした様子が少しだけ可愛いな、なんて思ったけれど、悲しんでいる人に抱く気持ちとしてあまりに不謹慎なので表情に出さないように気をつけて、神妙な顔する。
「たしかに、少し緊張している様子だったものの、ルーツィアには威嚇しなかったのにね。セルヒ、動物に嫌われるたちだったっけ?」
「そんなこともないと思うが……好かれる方でもないが、特別嫌われるような経験もない」
「ううーん、そうだね、どちらかというと私の方が野生動物には警戒されがちだったように思うけれど」
過去の経験を思い出すように首を傾げるオーランド様。
魔獣マニアであるアルヴァン様ならあの子の種族が分かるかもしれないからと、一度魔獣ちゃんを見てもらおうという話にはなっているのだけれど、あいにく今彼は別の仕事で今夜は魔塔には戻らないらしい。
不服そうなセルヒ様に、私の側に座っていたフワフワが立ち上がり、近づいていく。
そのままローブにおもむろに鼻を押し付け、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
そして何かに納得したように一つ頷く。
『お前、臭いぞ』
「は……っ!?」
告げられた言葉に驚いたセルヒ様は椅子から飛び上がり、数歩後ずさると急いで自分のローブの袖を顔に近づけて嗅いでいる。
臭い?嫌なにおいがしたから、魔獣ちゃんはセルヒ様を嫌がったということ?
だけど、そんなに嫌なにおいがしていたらさすがに私にだって分かりそうだけど……。
さっき魔獣ちゃんの側にセルヒ様が近づいたとき、私だって近くにいたわけで。魔獣ちゃんの嗅覚が優れているにしても、あれだけ近づいたら風に乗って私にも匂いが届きそうなものじゃないかしら。
そう考えて、必死に自分の匂いを確かめているセルヒ様に近づいてみる。
「!ル、ルーツィア!今俺に近づいてはダメだ!」
近寄っていく私に気づいたセルヒ様は逃げようとするけれど、構わずさらに足をすすめる。セルヒ様は少し身を捩ったけれど、ピタリと動きを止めた。
優しいから私を突き放せないし、きっと今ここで自分が激しく体を動かせば匂いがますます広がると思っているのよね。
腕を上げているために、懐に入り込むのはとっても簡単だったので、私は構わずセルヒ様の胸元に顔を寄せて匂いを嗅いでみる。
くんくん……ううーん、臭い?だなんて、思わないけれど……。
「ル、ル、ル、ルーツィアッ!?」
あれ……でもなんだか、いつもと違う匂いがする……。
「~~~~ッ!」
「ああ~セルヒ、顔が真っ赤でゆでだこの様になってしまっているよ!わはは!ルーツィアってば大胆~」
「オーランド、笑うな!面白がるな!」
頭の上で繰り広げられる会話も全く耳に入らない。
だって、なんだかとっても違和感があって。匂いを嗅ぐことに夢中になっていたので。
うーん、やっぱりこの匂い、私、どこかで嗅いだことがあるような……。
もちろん、臭いわけじゃない。むしろいい匂いだと思う。好みはあるとは思うけれど。
そう、花のような、その中に柑橘っぽい爽やかさもあるような、まるで華やかなご令嬢が好んで纏う香油にありそうな……。
「ああっ!」
パチリと頭の中が閃いて、思わず声を上げる。
突然至近距離で大声を出した私にセルヒ様がびくりと体を震わせたけれど、答えが分かった嬉しさで思わず揺れたセルヒ様のローブを掴む。
「この匂い、リゼットが好んでよく使っていた香油の匂いです!」
久しぶりだったから、すっかり忘れていた。リゼットの匂いだ!
「リゼット・リーステラの……しかし、側にはいたが、接触してすらいないのに」
セルヒ様は嫌そうに眉を顰める。
「リゼットはかなり多めに香油を使い、魔法で香りを広げていましたから。その魔法を展開している魔力に触れて、香りが少しだけ移ったのかもしれませんね」
私がそう言うと、フワフワがもう一度セルヒ様に鼻を擦りつけて匂いを嗅ぐ。
『……なるほど。我の鼻についたのは香油というより、その魔力の匂いだな。うむ、臭い』
リゼットの魔力の匂いだと分かった後でも辛辣に臭いと吐き捨てるフワフワに思わず苦笑してしまう。私は魔力の色は見えるけれど、匂いはよく分からない。嗅覚と魔力探知の両方に長けた魔獣だからこそ分かることなのかもしれない。
そんなに匂いって違うのかな?色も人によって全然違うから、違うんだろうな。
あれ、でも。
「ひょっとして、魔獣ちゃんもリゼットの魔力の匂いが嫌だったかもしれないってこと?」
フワフワも魔獣ちゃんも、こんなに可愛いのに。リゼットの魔力の匂いが魔獣たちの好まないものなのだとしたら、リゼットは魔獣たちと仲良くなることはできないということではないだろうか。
それはちょっと、可哀想だな、なんて思った。
(うーん、でも、リゼットはあまり動物が好きじゃあなさそうだったし、気にしないかもな?)
ただたんに動物たちに好かれるかどうかばかりを考えて色々想像していた私は、オーランド様やセルヒ様、フワフワがなんだか難しい顔をして考え込むようにしていたことには全く気が付かなかったのだった。




