53_怒りを隠す気もない魔法使い①(セルヒ視点)
話は少し遡る。
俺は、呼び出された神殿で思わず眉を顰めた。
「は?今なんと?」
「ですから、セルヒ殿に新しく神殿に迎えた我らが尊き聖女、リゼット様の護衛をお願いしたいのです」
にこやかに繰り返す大神官。
……どうやら腐っていたのは俺の耳ではなく、大神官の頭の中だったらしい。
いや、大神官はおそらく何も知らないのだろう。リゼット・リーステラが周囲の人間を巻き込んでルーツィアにしていた仕打ちも、それによっていかにルーツィアが不遇を味わわされていたのかも、俺や、魔塔の魔法使いたちがルーツィアをいかに大事にしているのかも……。
下手をすれば、ルーツィアの存在すら認識していないかもしれない。
神殿の上層部に位置する人間として、なんともお粗末なものだ。
僅かな情報すら仕入れることができない無能。だから神殿の権威が失墜していくのではないか。
しかしだ。それを差し引いても、魔塔の魔法使いである俺に聖女の護衛をしろとは一体どういう了見なのだろうか。
「そのような依頼を、魔塔が受け入れるとでも?」
苛立ちを押さえられず、低い声でそう問うと、大神官は顔色を悪くする。
そもそも神殿と魔塔は、基本的に互いを尊重し、王家を立ててはいるが、国に所属しているわけでもなく、どちらも独立した存在だ。どちらが上というものもない。
それぞれが得意とする分野が違うために助け合い、力を貸し合うことはするが、全ての依頼を受け入れる必要などないのだ。
ということは、反対に護衛依頼も依頼そのものが非常識なものであると言い切れるわけでもないことにも繋がりはするが、護衛ならば神殿にも神官騎士が在籍している。
神殿の人間で賄える仕事を魔塔に依頼することは、魔塔を下に見ているか、よほど神殿に無能しかいないと己の恥をさらけ出しているかのどちらかだととらえられてもおかしくはない。
「た、他意はないのです。ただ、リゼット様が……先日の魔獣襲撃の件でセルヒ殿のご活躍を目にし、大変感銘を受けられたようでして。神殿に入ったばかりでまだ慣れず、不安がある中、セルヒ殿のように頼もしいお方に側にいてもらえればと──」
「断る」
これ以上聞く価値もない。
身を翻そうとした時だった。
「まあ、セルヒ様!私に会いに来てくださったんですね!」
勢いよく、何かがぶつか──りそうになり、寸前でかわす。
「ええっ、あれっ?」
寄り掛かる先を急になくしふらつきながらも、間抜けな声を出し心底不思議だと言わんばかりに首を傾げている。
(なんだこいつは!危なかった!やむを得ない事情もなく万が一ルーツィア以外の女に触れられるなどということになれば、ストレスと拒絶反応で俺が病気になるじゃないか!あとそんなくだらないことでまかりまちがってルーツィアに誤解されたら死ぬしかなくなるところだぞ!?)
むせかえるような香水の匂いに鼻の奥が痛み、嫌悪感に肌が粟立った。
……いや、やむを得ない事情があっても、できるだけノースに押し付けよう。そしてルーツィア以外を弾く結界をすぐにでも作ろう。
そう思いなおしながら、忌々しいその人物に目を眇める。
「……リゼット・リーステラ」
「私の名前を憶えていてくださったんですね!セルヒ様はご令嬢の名を呼ばないことで有名だと聞いていましたのに。嬉しいですわ」
あまりのおぞましさに、後悔する。嫌悪を込めたとしても名前など口にするべきではなかった。俺もまだまだ詰めが甘い……。
嫌すぎて顔を顰めると、なぜか目の前の聖女は顔を綻ばせる。
「あら、照れてらっしゃるの?ふふっ」
俺の表情の意図も分からず、満足げに微笑むこの女の思考が全く理解できない。
大神官を睨みつけると、視線をさまよわせておどおどとしている。
恐らく、俺が護衛依頼を断らないと思い込み、この聖女がこの場に来るのを拒まなかったのはこの大神官なのだろう。
(大神官が無能だから、周りの質も落ちるんじゃないのか)
そう、今の大神官に、その地位に見合った能力も手腕もない。だからこそ、民に愛され、神殿の力を目に見えて大きくする聖女の言うことになんでも従うなどという愚かな状態になっているのだろう。
それで神殿の権威が上がると本気で思っているのだろうか。
そんな風に心の中で悪態をつく。口に出さなかったのは遠慮したのではなく、俺の言葉にこの聖女が反応するかもしれないと思うと声を出すことすら億劫に感じられたからだ。
それにしても。
──ルーツィアをあれほど傷つけておいて。あれほど悲しませておいて。
俺に護衛をしろと望んだのは聖女自身だと?
不愉快にもほどがある事態に、すぐに飛行魔法を行使し、何かを喚いている聖女を無視してその場をさっさと立ち去った。
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そのまま魔塔に戻ろうとする俺を呼び出したのはレオナルド殿下だった。
「セルヒ殿、聖女の護衛依頼をすげなく断ったと聞いたが?」
「それがどうしたんですか」
困ったように笑うレオナルド殿下にうんざりした気持ちが隠せない。
俺は忘れていない。
こいつもルーツィアを傷つけたことを。
本人にそのつもりも自覚もなかったかもしれないが、そんなことは関係ない。
『ルーツィアを傷つけた』
それこそが大罪であり、どのような理由があっても許されるはずもなく、何においても挽回できるものなどではないのだから。
「君の気持ちも分かるけどね、どうか神殿の気持ちも汲んでやってくれないか?」
「何が言いたいのですか?」
「私からも頼むよ。リゼット・リーステラの護衛を引き受けてほしい」
今すぐにこの王城を消し飛ばしてもいいだろうか?
俺の表情に不穏なものを感じ取ったのか、レオナルド殿下──もうレオナルドでいいな、こんなやつ。レオナルドは慌てて俺を宥めようとする。
「君はリゼット・リーステラが今の地位で権力を持つことを望まないだろう?それならば、側にいて彼女が聖女たる器でないことを証明する機会を狙うのも悪くない話ではないか?どうせ彼女はすぐにボロを出すだろうから、期間もそう長くはならないだろう」
「……」
「神殿は聖魔力さえ持っているなら彼女を聖女としてその象徴性に縋りたいんだろうけど、私はそれを良しとする気はないからね。君が指名されたのもなにかの運命だろう。どうか王家に協力すると思って、少しだけ我慢してくれないか」
俺が黙って聞いていることをどう思ったのか、ひいてはルーツィア嬢のためにもなるだろう?と続けたレオナルド。
何をいうかと思えば。
「バカかお前は?」
「えっ」