52_リゼットの護衛依頼は……
「本当に、馬鹿げている。まさか俺にあのリゼット・リーステラの護衛として片時も離れずに聖女を守れなどと言いだすとは……!」
その話を耳にして、頭が真っ白になってしまった。
セルヒ様が、リゼットの護衛?片時も離れずに、リゼットを守る?
……そんなの……いやだ……。
でも、それってお仕事だものね。私なんかが勝手な感情で嫌なんて言えるわけもない。
だけど……だけど、セルヒ様がリゼットのことを好きになったらどうしよう。
だって、今まで皆そうだったもの。リゼットと関わる人は、皆リゼットを好きになる。
そして、私のことを嫌いになる……。
「……!こ、この魔力の感覚は……ルーツィア!」
突然こちらに振り向いたセルヒ様に、思わず体が震えた。
見えにくい場所にいたし、少し離れているから、気付かれるとは思っていなくて。
だけど、見つかっても足が動かない。
側に行って、おかえりなさいって、言いたいのに。言わなきゃいけないのに。
──なんて、一気にマイナス思考に陥ってうじうじしている私の目の前に、気が付けばセルヒ様が跪いていた。
あ、あれっ!?さっきまであんなに離れたところにいたのに!?
「うーん、風よりも速い!もはや光の速さだねえ、セルヒ!あんなに私が訓練してもぼこぼこに鍛え上げてもそんな急成長することなんてなかったのに、師匠としては複雑!」
オーランド様がケタケタ笑っている。
確かに、瞬きの時間でこんなに移動できるなんて並大抵のことじゃあないわよね。
セルヒ様は優しく私の手を取った。その手が暖かくて、私の指先が知らない間にすごく冷たくなっていたことに気が付いた。
「ああ、ルーツィア、ひょっとしてさっきの話を聞いていたかい!?」
「あ……」
そうだった、セルヒ様のもはや瞬間移動な速さに驚いて、一瞬だけ忘れていたわ。
聞いていたけど、私が気にすることは何もないんだから、なんでもないような顔で笑って答えなくちゃ。そう思うのに、心配そうに覗き込まれてつい言葉に詰まってしまう。
「もちろん、リゼット・リーステラの護衛など即答で突っぱねてきたから、誤解しないでほしい」
「えっ!?!?」
こ、断れるの!?だって、それってきっと神殿からの正式な依頼なんだよね?おまけに聖女の護衛なんて、かなり重要なお仕事だよね??
思わず目を丸くする私を見て、セルヒ様はどこか得意げにニヤリと笑う。
「あんな女の側に張り付いているなんて地獄でしかないだろう?レオナルド第一王子殿下にもどうにか受けてくれと頼まれたが……」
「殿下に!?そ、それなのに断ったんですか!?」
「余計に受けるわけがない。……あの王子もルーツィアを傷つけた一人だということは分かっているからな。そんなつもりがなかったなどこちらとしては知ったことではない」
「セルヒ様……?」
神殿からの依頼というだけではなく、レオナルド殿下からの依頼でもあったと聞いて、それなのに断ったんだ!?という衝撃で頭が真っ白になってしまった。
おまけに途中からセルヒ様が音速の早口を披露してくれたものだから、なんて言ったのかさっぱり聞き取れなくて。
本当に、断って大丈夫だったのかな?だって、神殿だよ?聖女だよ?おまけに王子殿下からも頼まれたんだよ?
どれか一つでも断るなんて普通はありえないものだ。下手すれば断るだけで不敬を問われかねない。
だからオーランド様に相談していた……?
けれど、どうみてもセルヒ様は不安があるような顔じゃない。むしろものすごく嬉しそうに微笑んでいる。
「ルーツィア、君が何を心配しているかはなんとなくわかるけど、安心してくれ。それだけ魔塔の魔法使いの力は大きいということさ」
「な、なるほど……魔塔の魔法使い様って、本当にすごい……」
セルヒ様が大丈夫だと言っているからには、きっと本当に大丈夫なんだろう。一応オーランド様も反応もうかがってみたけれど、なんだか面白そうに笑っているばかりで、問題はなさそうに見える。
そっか……セルヒ様、リゼットの護衛につかなくていいんだ……。
仕事だから、仕方ないと思った。私の不安だとか、モヤモヤなんて、ただの我儘だって。
だけど、やっぱりホッとした。
私、思ったよりもリゼットのことを苦手に思っているのかも……。
「本当はね、こんな話があったことすら、ルーツィアには言わない方が余計な不安を感じさせないのかなとも思ったんだけど。だけど、やっぱりどこかで何かの拍子に耳に入って、余計な誤解を生みたくなかったから。どちらにしろ話にはいこうと思っていたんだ。良い気持ちにはならないと分かっているのに、ごめんね」
セルヒ様は本当に申し訳なさそうに謝ってくるけれど、そんな必要は全然ないのに!
だって。
「いえ、こうしてちゃんとお話を聞くことができてよかったです!確かに、よりによってセルヒ様を護衛に望むなんてって、モヤモヤしちゃいましたけど……だけど、断ったって聞いて、正直なところ、嬉しいんです。リゼットや神殿はきっと困っているのに、私って嫌な子ですね……」
セルヒ様がなんでも話してくれるから、私もつい思っていることをぽろっと零してしまう。
多分、セルヒ様ならどんな本音でも、決して馬鹿にしたり怒ったりせず、ちゃんと耳を傾けてくれるって分かるから、甘えてしまっているんだと思う。
私、子供みたい。恥ずかしくて、もじもじとしてしまう。
だけどそれが嬉しくて心地よくて、止められそうにない。
「ルーツィア……!これは、嫉妬?嫉妬と思っていいのでは?可愛い、可愛い、可愛い……!」
「おーい、セルヒ?興奮しすぎでどんどん早口になっているせいで、うめき声にしか聞こえないよ?」
「うるさいオーランド黙ってくれ今俺はこの世の幸せに浸っているんだから」
「弟子が理不尽!」
ただ……今までリゼットの周りには、あの子をお願いを拒否する人なんていなかったから、きっとリゼットは断られて驚いたはずだよね。
ひょっとして、とってもショックを受けているかもしれない……。