46_無自覚に甘えている、それができるのは甘やかしてもらえる安心感
「ルーツィアちゃん、大丈夫?」
セルヒ様に促されて、一足先に魔塔へ戻り、ぼうっとしているとグレイス様が心配そうに声をかけてくれた。
つられて顔を上げると、グレイス様だけではなく、その隣でノース様も私を窺うような表情を浮かべている。
私はハッとした。きっと、私とミハイル様とのやりとりを見ていた二人は、私が傷ついていないか、無理をしていないかと気遣ってくれているのだわ。
その優しさが心の中にじわっと染みこんでくる。
ううん、今だけじゃない。魔塔に来て、ずっと優しくされてきた。……だから、私はここにいたいと思ったの。
その思いを噛みしめていると、自然と顔が緩んできて、私は満面の笑みを浮かべる。
「もちろん、大丈夫です!」
「そう?ならいいんだけど」
あら?しまった。思いが溢れてきたことで胸がいっぱいになり、最低限の言葉しか出てこなかったわ。そのせいであまり説得力のない感じになってしまった気がする。
グレイス様の複雑そうな顔もそう物語っていた。
うーん、これは、やっぱり私の言葉は信用されていないわよね。
だけど、それもそうか。
だって今までの私なら、ここでうんと落ち込んだはずだもの。自分でも、自分の心の変化に驚いているのだから、グレイス様やノース様は想像もできないに違いない。
どうやって私の今の気持ちを伝えようか考えていたけれど、結局答えが出る前にそれは中断されてしまった。
なぜなら、私たちを先に魔塔に帰して、ミハイル様と話をしていたセルヒ様が部屋に入ってきたからだ。
「セルヒ様!」
思わず立ち上がりそばまで駆け寄ると、セルヒ様は嬉しそうに表情を緩めて体ごと私の方を向く。
「ルーツィア嬢、疲れていないかい?」
「私は大丈夫です!それより、セルヒ様はなんともないですか?怪我は……してなさそうですね。でも、ミハイル様にひどいことを言われたりはしてませんか?」
すぐに私のことを気遣ってくれる優しさはとっても嬉しいけれど、それよりもセルヒ様の方が心配だと思い、そう尋ねる。
だってミハイル様、とんでもなく怒っているみたいだったもの。
それに、もしもひどいことを言われていたとしたら、それは私の代わりに受け止めた言葉だろうと思ったから。
けれど、セルヒ様はなんでもないような顔をして、さらに私を気遣い始める。
「ひどいことなど言われてはいないよ!むしろ俺が少し厳しいことを言ってしまったくらいで。それよりも、本当に疲れていないかい?体だけではなくて、心も。念のためにもう一度聞くけど、元兄の誘いを断って後悔はしていない?」
ああ、この人は本当に私のことばかり考えてくれている。なんて優しい人なんだろう。
私だって、さすがに気づいている。ミハイル様が言っていたことは多分嘘じゃなかったって。
まあ正直、なにがなんだかわからない部分も多かったけど……。
それでも、私にリーステラ家に戻ってほしいと言っていたこと、私が傷ついたあの言葉は誤解だったということ、本当に私を大事に思ってくれているんだということは、どうやら本心らしいと伝わった。
だけど、だけど私は。
「……セルヒ様、私はひどい子ですよね」
「ルーツィア嬢?どうしてそんなふうに思うんだ?」
「だって、あれだけミハイル様が心を砕いてくださっても、どうしてもリーステラ家に戻りたくなかった。だから、ミハイル様の言っていることを全く信用していない顔をして逃げたんです。全部全部拒絶して……きっと、傷つけてしまいました」
誤解から、リゼットに嫌な思いをさせてしまったことは何度もあったと思う。だけど、自分の意思で誰かを傷つけたことなんてなくて。それがどうしても気になってしまった。
とはいえ、後悔しているわけではなくて、何度やり直しても、きっと私は同じ選択をするのだけれど。
セルヒ様は私の言葉を聞くと、なぜか笑みを深める。
「ルーツィア嬢、俺は今嬉しいよ」
「えっ?」
「だって、それは、相手を傷つけると思ってでも、この魔塔にいることを選んでくれたってことだろう?確かに君の元兄は君の拒絶に傷ついたかもしれないが、俺は君が戻らないでいてくれて心の底から嬉しい。誰もが納得する答えなどある方が稀なんだから、君が君の望む答えを出せたことも、嬉しい」
「セルヒ様……!」
この人は全く私に甘い。
だけど、よく考えると今の私の質問もずるかったわよね。
セルヒ様がこの質問に厳しい答えをだすわけがないことなんて、完全に分かり切っていたんだもの。
無意識のうちにこうして甘やかしてもらえることが分かっていて、こんなことを聞いてしまったんだわ。
そのことに気が付いて、自分の甘えに少し恥ずかしい気持ちになる。
だけど、同時に気が付いた。
(そっか……私、セルヒ様に甘えているんだ)
自覚した途端、なんだかもっともっと甘えたい気持ちが湧きあがってくる。こんなのおかしいかな?でも、受け入れてもらえるってなぜか心の底から感じられて、そして、実際にそうしてほしくなってしまった。
「セルヒ様!私、今日、やりたいなって思った通りに、魔法が使えました!」
褒めてほしくて、甘えた気持ちで報告する。セルヒ様だって全部見ていたんだから、そんなの言うまでもなく知っているのに。
子どもみたいなことをしているなって思うのに、止められない。
「ああ、俺も見ていたよ!本当にすごかった!オーランドからルーツィア嬢はとても優秀だと聞いていたけど、あれほどだなんて思ってもいなかったよ!君は本当に才能に溢れていて、おまけにそれだけじゃなく、とっても努力家だ!才能か努力か、どちらかだけじゃあ、ああまで素晴らしいことはできなかっただろうな」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、やっぱりセルヒ様は嬉しそうに顔を綻ばせて、私を褒めてくれた。
い、いや、思った倍くらい褒めてくれているわ!!?
「えへへ、上手くできて、嬉しかったです!」
「俺もルーツィア嬢の活躍がとても誇らしくてたまらない」
にこにこと見つめ合う私たちを見て、ノース様とグレイス様がひそひそと話している。
「な、なんて微笑ましい光景なのかしら!?」
「本当にね〜砂糖吐きそう!てかセルヒ、今まで以上にキャラ崩壊してるよねえ?人嫌い女嫌いって信じてたやつがこれみたらショック死するんじゃないの〜?」
「というか、私たちってもしかしてお邪魔?」
だけど、甘えた気持ちでいっぱいになっている私は、そんなことにも気が付かずにふとあることが気になった。
「あの、セルヒ様」
「うん?どうした?」
ぎゃ、ぎゃあ!セルヒ様の微笑みはいつだって優しくて甘いけれど、今日のはなんだか特別すごいわ!首を少し傾げているのがまたとっても素敵で──って、違う違う!
私は気をしっかり持つと、あまりの甘さに悶えてしまわないように気合を入れて、じっとセルヒ様を見つめて言った。
「あの、今日は私のこと、何度か『ルーツィア』って呼んでくれていたのに、もうそう呼んではくれないんですか……?」




