45_元兄に対峙する魔法使い③(セルヒ)
「蔑ろになどしてはいない!私だけはいつでもルーツィアの味方だった!たしかに両親やリゼットの手前表立ってあの子を庇うことができないことも多かったが、それはあの子の側から引き離されないためで──」
「それなら、どうして、ルーツィアは知らないんだ? 『自分は悪くないのだ』と」
「は……」
元兄は何を言われているのか分からないと言うように表情を歪めた。分からないのが問題なのだ。それはつまり、そのことに思い至らないほど、考えもしなかったということなのだから。
「ルーツィア嬢がリーステラ家で傷つき、辛い思いをしていたことは知っている。そしてそれが理不尽なもので、彼女が何も悪くなかったことも」
「それは当然だ!リーステラ伯爵夫妻やリゼットがおかしいのであって、ルーツィアは可哀想な子で……」
「それなのに、ルーツィア嬢は自分を責めていた。何かあればすぐに謝ってしまうほど、自分を責めることが癖になっているうえに、全ては自分が悪いのだと当然のように考える」
蔑ろにしたつもりなどないのかもしれない。たしかにあの歪な家族の中にあるために、表立って庇うことができないなどということもあったのかもしれない。この元兄がリーステラ伯爵夫妻の養子であることも知っている。それならば、不用意に両親を責めて追い出されることを警戒したり、ルーツィア嬢の側にいるために、あの愚かな人間たちの目を気にする必要もあったのかもしれない。
それは分かる。許せはしないが、理解はできる。
だけど、それならば。
「どうして、ルーツィア嬢に教えてやらなかった?『あなたは悪くない』のだと、あのような理不尽に本当は泣く必要などないのだと。自分が悪いのではないのだと、なぜルーツィア嬢は知らないんだ」
そうだ、庇えないなら、救い出せないなら、せめて言葉を尽くして教えてやればよかったのだ。
『あなたは悪くない』
そして、誤解など生まれないよう、ルーツィア嬢が自分を責めることなどないように、表立って庇うことができない理由と、それでも自分はあなたの味方だと信じてほしいと、伝えればよかった。
それだけで、どれほどルーツィア嬢は救われたことだろう。
少なくとも、あの家の中で、それができたのは、目の前のこの元兄だけだったというのに。
元兄はやっと俺の言いたいことが分かったのか、言葉に詰まり、息をのむ。
もしもこの男がリーステラ家でルーツィアに真実寄り添っていたならば、彼女の支えになっていたならば、彼女がこの男に微笑みかける未来もあったのかもしれない。
しかし、その未来の可能性を潰したのは紛れもなくこの男本人なのだ。選択肢はこの男にあった。選ばなかったのはこいつだ。
「結局、お前はルーツィア嬢を手に入れるために、ルーツィア嬢の心を蔑ろにした。彼女が傷つくことを良しとした」
「違う、違う……!私は……っ」
「お前のような人間の考えることは手にとる様に分かる。ルーツィア嬢の心が自分だけに向くようにしたかったか?自分以外に頼れる人間のいない状況で、自分に溺れる彼女が欲しかったか?彼女を救い出す自分を演出するために、彼女が傷つくことを問題ないとしたことに変わりはない。そんな男の元にルーツィア嬢が帰りたがるわけがないだろう」
「私は……」
「ここが物語の世界ならば、お前の間違ったやり方さえある種のすれ違いとして想いを深めるスパイスになりえたのかもしれないな。だが、ここは現実だ。お前は間違えた。そして、取り返しは付かない」
すっかり青ざめた元兄に、俺に掴みかかってきた勢いはもうなかった。
崩れるように膝をつき、呆然としている元兄にもう用はない。後は自分で反省するなり後悔するなりするといい。
もしもまだルーツィア嬢の気持ちを考えず、自らの欲望のままに彼女を取り戻そうとするなら、存分に相手になってやる。
さあ、こんな男にかまけている時間も終わりだ。早くルーツィア嬢の元へ帰ろう。
そうだ、彼女は今日大活躍だったのだから、労って、その功績を存分に称えたい。
(いや、よく考えるとこのタイミングで俺がルーツィア嬢と一緒にいられないのに、グレイスやノースは側にいると思うと、許しがたいな……!?)
こ、こうしちゃいられない!さっさと戻らなければ!!!
俺ははやる気持ちのまま、魔塔へと急いだ。
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ミハイルはきっと、物語が物語ならヒーローにもなれたタイプです。すれ違い、後悔を乗り越え、最後にはなりふり構わず想いを交わせ合う系の……でも残念この世界にはセルヒがいましたね!
そしてミハイルへのトドメさすのは絶対セルヒって決めてました!