44_元兄に対峙する魔法使い②(セルヒ)
俺はルーツィア嬢を庇うように彼女と元兄の間に入る。
「ルーツィア嬢になにか用だろうか」
彼女ではなく、俺が用件を聞いたことに、リーステラ伯爵子息は不快感をあらわにした。
「なぜ、お前が、ルーツィアへの用件を聞く」
一語一語、区切る様なその言い方に、怒りが込められているのを感じる。
その姿を恐ろしく思ってか、ルーツィアが咄嗟に俺の背中に縋りつく様子を見せた。
途端に元兄は眉を下げ、まるで泣き出す寸前の子供のような顔になる。
「ルーツィア?もう大丈夫だ、一緒に帰ろう」
「え……」
さっきとは打って変わって、俺の姿など目に入らないかのようにルーツィアだけを見つめる元兄。
仕方ない。きっと諦めきれないのだ。ルーツィアを傷つけたことでこの元兄はもちろん俺の敵であるわけだが、ルーツィアに恋する男として同情心が全くないわけではない。
もちろん、彼女を少しでも渡すつもりは全くもってない。
ただ、引導を渡してやるくらいはいいかと思うのだ。
元兄の言葉に戸惑うルーツィアに、俺から声をかける。
「ルーツィア、以前話した王都への異議申し立てを行ったのは、君の元兄だ」
「ミハイル様が……?」
ルーツィアの瞳が戸惑いに揺れる。信じられないと言う表情だ。元兄め、これがどういうことか分かるか?本当は大事に思っている気持ちの表れであるようなひとつの行動が、これほど驚かれるほど、お前はルーツィアを傷つけてきたんだということだ。
「そうだよ、ルーツィア!お前は誤解しているんだ。除籍の書類はルーツィアをリーステラ家から除籍するための物などではなかったし、魔塔への引き渡しは正式に断ったものだった!契約書は残っていたのはあれが魔法契約書で、簡単に破棄することが出来なかっただけなんだよ」
ルーツィアは言われている内容が上手く理解できないのか、完全に固まってしまっている。
そんな彼女に向けて、元兄は優しく諭すように説明を続ける。
「きっと、リゼットから事実と異なる内容を吹き込まれて、悲しくなってしまったんだろう?そうでなければ、お前がリーステラ家を出て魔塔などへ身を寄せようと思うわけがないし、私が迎えにきて、そのように警戒心を見せるわけがないからな」
元兄は、さらに続ける。
「だが、安心してくれ。これからも私は間違いなくお前の味方で、お前を大事に思っている。これまでのように両親やリゼットの好きにはさせないようにもする。だから、どうか、リゼットよりも私の言葉を信用して、この手を取ってはくれないか……?」
元兄は俺のことなど無視して、ルーツィアにだけ訴えかけることに決めたらしい。
ルーツィアに手を伸ばす彼は気が付いていないのだろうか?自身の言葉が届けば届くほど、彼女は体を強張らせ、俺のローブを握る手にはますます力が入っていくことに。
「ルーツィア嬢、正直な気持ちを教えてくれ。彼にも、俺にも。俺は何度も言ったように、君の気持ちを尊重するし、決してその選択を悪く思ったりすることはないから」
少し振り向き、ルーツィア嬢を見ると、その赤い瞳と目が合った。
その瞳を見て、俺はホッと安堵する。
ルーツィア嬢の目に迷いはない。もしも迷いの中で出した答えであったなら、気持ちが落ち着いた頃に後悔してしまうかもしれないが、その可能性はないだろう。
つまり、彼女にとって本当に選びたい答えを選ぶことができるということだ。
ルーツィアは元兄に向き直る。その体はもう震えてはいない。
「ミハイル様、私はリゼットの言葉だけで家を出たのではありません」
「ルーツィア?」
「リゼットの言葉が、心の底から真実のように思えたから家を出たのです」
「何を……」
「『私だって、あんな奴に優しくなどしたくはない。しかし、今は大事にしているふりをするのが最善なんだ』」
元兄は息をのみ、顔を見るまに青ざめさせた。
「それは、私が言った……あれを、聞いて……?い、いや!ちがう!それは決してルーツィアのことなどではない!まさかあれを聞いていて、おまけにお前への言葉だと誤解しているなんて……!」
「ミハイルお兄様、もういいんです。それが本当だろうと誤解だろうと、私にはもうどっちだっていい。私はリーステラ家には戻りません。だって……魔塔にいて、毎日がとっても楽しいから!」
「ルーツィアっ!!!」
彼女が言いたいことを言い終えたと判断した俺は、ルーツィア嬢をフワフワに任せ、グレイスやノースとともに先に魔塔へ戻らせることにした。
もちろん元兄はそれを止めようとしたが、魔塔の魔法使いである俺たちにそのような抵抗が通じるわけがない。
ここまでルーツィア嬢と話ができたのは、彼女が最後に話す意思を見せたからで、それ以上でも以下でもないのだ。
やがて、ルーツィア嬢がその場から去った後、元兄・ミハイルは俺に掴みかかってきた。
「どうして!なぜだ!お前たちがルーツィアを騙してリーステラに戻らないと言わせているんだろう!?私は、私は……!」
まだ分からないのか、この愚かな男は。
「リーステラ伯爵子息。お前は本当に、ルーツィア嬢を大切に思っていたのか?」
「当たり前だろう!私は心からルーツィアを愛している!あの子がいなくなるなど考えられない!」
「それではなぜ、彼女を蔑ろにしたんだ?」
「蔑ろになどしてはいない!私だけはいつでもルーツィアの味方だった!たしかに両親やリゼットの手前表立ってあの子を庇うことができないことも多かったが、それはあの子の側から引き離されないためで──」
「それなら、どうして、ルーツィアは知らないんだ? 『自分は悪くないのだ』と」




