42_私が救いたいのは一人だけなのに(ミハイル視点)
どうにかしてルーツィアを取り戻す。あの子を魔塔の危険な連中から助け出すにはどうしたらいいだろうか。
そんなことを考えている時だった。街中から離れた場所に立つ我が屋敷の中にいてさえ、地響きが轟き、ビリビリと痛いほどに空気が揺れた。
──ルーツィアが危ない。
どうしてかは分からないが、確信があった。自分の中に宿る危険察知の本能が警鐘を鳴らしていた。
私の大事なあの子が危ない。今すぐにいかなくては。
危険であると、私を止めようとする使用人たちや護衛の騎士すら振り切って、私は街へ急いだ。
(どこだ、どこだ……ルーツィア!)
逃げ惑う人々の波に逆らって、ルーツィアを探していくうちに、どんどん騒ぎの中心に近くなっていく。そして私の焦燥感も増していく。当然だ、ルーツィアは身を守る術を持たない。それなのに、もしもこの嫌な予感の通りにあの子がこの場にいたとして、どうなるだろうか。想像するだけで血の気が引いていき、ますます焦りが募る。
いなければいいんだ。この場にいなければ──。
けれど、そんな願いもむなしく、よく見知ったストロベリーブロンドが私の視界の端に揺らめいた。
「ルーツィアっ!!!!」
思わず大声で呼び止める。
ああ、やっぱりルーツィアはこの恐ろしい場所にいた。なんということだろうか。見たところ、魔獣の相手をしているのは魔塔の魔法使いのようだ。それなのに、こんな場所にルーツィアを一人置き去りにするなど!
やはり魔塔へなど置いてはおけない。ルーツィアはきっと、本当はリーステラ家に帰りたいはずなのだ。
もう大丈夫だと、心配はいらないと伝え、安心させてやり、このままリーステラ家へ連れ帰って──。
その時、振り向いたルーツィアの向こうに、予想外の人物の姿が見えて、思わず目を見開いた。
「ルーツィア、そっちにいるのはリゼットか?」
なぜリゼットが?そういえば、最近屋敷で姿を見なかった。引きこもっているのなら、顔を見なくてすむからちょうどいい。そんな風に考えて気にも留めていなかったが……そうか、しおらしくしていると見せかけて、屋敷を抜け出していたのか。
それも、経緯は分からないが、ルーツィアの手を煩わすなど……本当に忌々しい女だ。
いや、リゼットなど心底どうでもいい。それよりもルーツィア、私は君を救いに──。
しかし、思わず伸ばした手はルーツィアには届かず、代わりにリゼットが勢いよく私に抱き着く。なんだこの女は!
私はルーツィアを救い出しに来たんだ!
すぐに引きはがそうとするが、私がそうするより先にルーツィアが微笑むのだ。まるで、私がルーツィアではなく、リゼットを助けに来たかのように言いながら。
(ちがう、ちがう!リゼットなどどうでもいいんだ、私は、私はルーツィアを……!)
必死で誤解を解こうと思うのに、ルーツィアはそれを誤解だと微塵も思ってないようで、まるで言い訳をするように立て続けに言葉を紡ぐ。
そして、そのまますぐに立ち去ってしまった。
あろうことか、魔獣にのって。
『私のことは気になさらないでください』
最後に言われた言葉が突き刺さる。
どうしてだ。今まで、ルーツィアを気にするのは私だけだったじゃないか。それを君は知っているだろう?私から離れるなんてできないはずだろう?そうなるように、私は心を鬼にして、愚かで卑劣な君の家族を許し続けてきてやったのに!
「お兄様、私怖いわ!ルーツィアなんてどうだっていいじゃないのっ。お兄様が優しいのは知っているけど、こんなときにまであんな子を気にしてあげることはないわ。早くここから離れましょう!」
いつまでも抱き着いて離れない、世界で一番嫌いな女が、私に甘えるように縋りつく。
どうしてお前なんだ。どうしてルーツィアじゃないんだ。
「離れろ」
「えっ?」
ルーツィアは、私が自分を心配して助けに来たなど、考えもしなかったようだった。それなのに、一番どうでもいい存在は、私が自分を助けに来たのだと疑いもしない。
湧きあがる怒りが抑えられない。
それでつい本音が零れたが、ふと思いなおす。リゼットの性格はよく知っている。ここで無理に突き放そうとしても、余計に離れなくなるか、自分を大事にしない私に怒り、泣きわめいて陥れようとするかどちらかだ。
力づくで突き飛ばしたい思いを抑え込み、私はリゼットに笑いかける。出来るだけ優しく、穏やかに。
声が少し震えてしまったが、それほど怒りを覚えているわりには我ながらよく抑えている方だ。
「リゼット、私の可愛い妹、偉大で尊い聖女の力を、ここにいる民に分けてあげないか?恐らく直に王宮の騎士団もこちらに来るだろう、それまでしのげるように」
おだて、なだめすかすと、瞬時に騎士達に自分の活躍を見せつける光景を想像したリゼットは、道の端の方で大人しくしている怪我人の方に悠々と向かっていった。
どうみても治癒を必要としている怪我人は他にいるのに、軽傷の者をすぐに見分けて選ぶあたりがさすがである。
やっとリゼットを引きはがしたが、すぐに私は絶望した。
いつのまにか、私から離れて行ってしまったルーツィアの側にあの忌々しい魔塔の魔法使いがいた。
だが、私を絶望させたのはそのことではない。
ルーツィアが、笑っているのだ。あの魔法使いの顔を見て、心底安堵したと、心底嬉しいのだと、そんな感情を隠しもせずに笑っている。
なぜだ。それを向けられるべきなのは、私だろう!?
すぐにルーツィアの元へいき、お前は騙されているのだと教えなければ。
そう思うのに、私の足は途中で止まってしまった。
(ルーツィアが……魔法を使っている?あの子は、無能のはず……)
それは、あまりに衝撃的な光景だった。
魔力ナシのはずのルーツィアが、ただ魔法を使うだけでも信じられないことなのに、どう見ても並みの魔法使いではできそうもないことをやっている。
あれは……どういうことだ?パッと分かるだけでも複数属性を使っている。こんな高度なこと、王宮魔法士でもやる者はほとんどいないだろう。
ルーツィア、君は一体……。
私が愕然としている間に、ルーツィアはやり遂げ、街中に回復薬が降り注いだ。
私は必死の思いでルーツィアに近づく。
今、いかなければ、またルーツィアに会えなくなるかもしれない。
とにかく、なりふり構わず、ルーツィアの誤解を解いて、魔法使いたちから取り戻さねば──。
「ルーツィア!」
けれど、振り向いたルーツィアは、魔法使いに向けていた心からの笑顔を瞬時に消し去り、困惑した表情で私を見た。
その瞳に宿るのは、どう見ても拒絶の色だった。
 




