41_魔法みたいな、魔法の言葉で、もっと頑張りたくなる
ノース様から回復薬を受け取ると、私はフワフワにお願いして少しひらけた場所まで移動した。
そして、いくつもある回復薬の中から一瓶だけを取ると、他はひとまずフワフワに預けておく。
私、本当に驚いてしまったのだけど、フワフワのふわふわな毛並みの中にはどうやってなのか物がたくさんしまえるのよね……!!
まずは、自分のイメージ通りにやれるかどうか、この一瓶だけ使って試してみようと考えたのだ。失敗しちゃったら目も当てられないので。
(うーん、オーランド様との練習を思い出しながら……こうかな?)
瓶の蓋を開けて、手で触れないように魔法で中の液体だけを取り出して空中に浮かせ、水魔法で作った薄い膜の中に包み込む。
うん、これなら出来そう!いっぱい練習したことがこの場で生きているのを感じて嬉しくなる。
だけど、これはやりたいことの初期段階!このまま集中力を切らさずに……。
「ルーツィア……これはすごいな。オーランドがとても優秀だと言っていたが、ここまでとは」
慣れない場所、状況は異常事態。出来る限り集中して必死で魔法を使っていた私は、セルヒ様がそんな風に呟いていたことにも気づかずに、作業を続けていた。
「出来たわ!」
私は水魔法で包み込んだ回復薬を、光属性の魔力を注入するイメージで無事に膨張、増幅させた。
初めての試みだったにも関わらず、イメージした通りに魔法を使うことができてもうやりきったような気持になってしまう。
自信がついたところで、他の回復薬も同じようにして……。そうやっていくと思惑通り、回復薬の量が最初の3倍ほどに増えていく。私の魔力で増やしているからひょっとして少し効果は劣るかもしれないけれど、これだけあれば回復薬の不足は起こらないはず!
重症の人のために何本かは使わずに残しているし、これで被害にあった人全員を癒すことができるんじゃないかしら。
そうして作業しながら、私は少し不思議な気分になっていた。
フワフワやセルヒ様が側にいて、まだ魔物の生き残りがいないかどうかを警戒してくれているから、こうして集中できているのよね。私一人だったら、きっとなんにもできなかったに違いない。
今までの私は、ひとりぼっちだった。両親は私には興味がなかったし、リゼットには誤解させてばかりで仲良くなれず、優しかったお兄様も、やっぱりリゼットがいれば彼女が優先だった。おまけに本当は疎まれていたって知ったから目も当てられない。
だけど、今の私には、こんなにも信頼できる人が側にいてくれる。そのことが泣きたくなるほど嬉しい。
褒められるのが嬉しい。もっともっと、褒めてほしくなる。きっと私のやっていることなんて本当は大したことがないに違いない。すごい魔法使い様であるオーランド様やセルヒ様からすると、特にそうだと思う。
だけど……二人をはじめ、魔塔の人達ってとっても褒め上手なんだよね。
お世辞だったとしてもいいの。だって嬉しいから。本当は全然すごくなかったとしたって、「すごい!」って言ってくれるその気持ちが嬉しい。
(褒め言葉って、魔法みたいだわ)
やる気を湧きあがらせて、私を幸せにしてくれる、魔法の言葉。
「この回復薬を……皆に届けられますように!」
私は願いを込めて、風魔法を使い、回復薬の塊を空中へ高く高く掲げる。
と、そこで少しだけよろめいてしまった。急に魔法を使いすぎたから、疲れ切ってしまっている。
このままじゃ、地面に倒れて、魔法にも失敗してしまう!
ひゅっと心臓が竦み上がる思いを味わった次の瞬間、私はセルヒ様の腕に中で支えられていた。
「セルヒ様……!」
「大丈夫だ、ルーツィア。一人で頑張らなくていい。俺がついているから」
励ますような言葉に、視線に、もう一度力を入れて地面を踏みしめる。
セルヒ様は私の魔法を補助するように、自分の風魔法を細く伸ばし、私の魔法に絡ませていく。
すごい……魔法を学びだしたから分かる。これってとっても高度な技術が必要なことだわ。
さらに、もうひとつ別の鮮やかな風魔法が駆け上り、私の魔法に溶け込むように混じっていく。
『ルーツィア、我も助けるぞ!』
「フワフワも……ありがとう!」
分かっているんだ、本当はここまでくれば、セルヒ様やフワフワにお願いしてやってもらった方がいいんだろうなって。だけど二人とも、こうして私の補助のような形に徹してくれている。
私の気持ちを尊重してくれている。
私は喜びを込めて、一際強く、魔法を放つ。
すると、膜の中から勢いよく魔法に弾かれて、破裂したように押し出された回復薬が、まるで優しい雨のように街中の人達の上に降り注いだのだった。
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回復薬を皆に届けることに成功して少しした頃、王宮から騎士団が到着して、後は騎士様たちにお任せすることになった。
一息ついた頃にやっと再会できたグレイス様は眉尻を下げて申し訳なさそうに私を抱きしめてくれた。
「わっ!」
「ルーツィアちゃん!本当に本当にごめんなさい!」
はぐれたあと、すぐに探してくれていたらしいのだけど、見つからないうちに魔物が現れ、その相手をすることでいっぱいになっていたらしい。
あんなに大きな魔物がいて、小さな魔物もたくさんいたんだもの。当然だと思う。それに元はと言えば私の不注意のせいだったのに、謝らせてしまって申し訳ない気持ちになる。
おまけに、むしろグレイス様が私のそばにいたなら、きっと私は足手まといだったはず。フワフワが来てくれなかったら、私は身を守るための攻撃さえ満足にできないんだもの……。
その場合のことを想像してゾッとした。
「本当だぞ、グレイス。そもそも、お前を信じてルーツィア嬢を任せたのに、彼女はリーステラの令嬢と令息に捕まって、お前はその場にいないのだからな」
「セ、セルヒ様!私が注意されていたことを守らずに、一人でフラフラしてしまったんです!」
必死でグレイス様は悪くないことを伝えていたのだけど、当のグレイス様はどこか考え込むような顔で視線を下げた。
「もちろん、私が悪いのは当然なんだけど、それにしたっておかしいのよ。はぐれてすぐ気がついて、途中までは追いかけていたのに、突然ルーツィアちゃんの姿が見えなくなったの」
それはきっと、私がリゼットに路地裏に引っ張られて行ってしまったからだよね……。そう思い、ますます申し訳なくなっていたのだけれど、グレイス様の話を聞いたセルヒ様まで、何やら思案するような表情を見せる。
な、なんだろう?
不安に思い始めた私に、セルヒ様は優しく微笑みかけてくれる。
セルヒ様はそのまま私に向かって何か言おうとしていたみたいだったけれど、その前に別の声が私の名前を呼んだ。
「ルーツィア!」
……正直、またかって思ってしまった私だけど、仕方ないよね?
そこには、厳しい目で私を見つめるミハイルお兄様が立っていた。




