03_魔塔の魔法使い
魔塔。そこは、私が暮らすこのユーギルハンツ王国の中でも、特別な魔法使いが暮らす謎めいた塔。
この国に暮らす貴族は大抵が魔力を持っている。けれど、魔塔に招かれる魔法使いは桁外れの魔力量を持ち、稀有な属性を持っていたり、特殊な魔法を使えたりする、文字通り特別な魔法使いたち。……らしい。
そして、魔塔に暮らす魔法使いほどに魔力量があまりにも多いと、精神に影響を及ぼすことが多いのだとか。
例えば、魔力制御ができるようになるまではひどく情緒不安定だったり、感情の制御ができなかったり、魔力制御ができるようになっても、喜怒哀楽のどれかをとても強く持つ人や、反対に感情の一部分が欠落している人、思考の偏りが強い人などなど。それを総じて、魔塔の魔法使いのほとんどは『変人』なんだと書かれてあったのよね。
私が読んだお爺さまの書物は、まるで絵本のように魔塔のことを描いたものだった。
恐らく、随分易しい書き方をしていたのだと思う。
そんな易しく書かれたものの中でも、お話の印象的な部分に、魔塔に招かれる『例外』について書かれていた。
それが私のような、本来魔塔にはとてもじゃないけれど入れないような無能が引き入れられる場合。その場合、その活用方法は限られている。
例えば、研究用に捕獲された、人間しか食べない魔獣の餌にされたり……新しい魔法を研究するための、人体実験に使われたり……強力かつ違法な召喚術の、生贄にされたり……。
けれど、公然と囁かれるそれらは結局憶測でしかない。なぜならば、魔塔に入った一般人で、生きて帰ってきた者はいないと言われているから──。
書物の内容を思い返しながら、私はゾッとしてしまった。
私が魔塔に送られて、きっと人体実験に使われるんだと思ったのは、それが一番マシそうだったからだ。
生きたまま餌にされたり、生贄にされたりって怖すぎるもの……!それに、餌と生贄は確実に死ぬけれど、人体実験なら内容によっては死なないかもしれないし……。
私はもぞもぞと動いて、私を包み込む狼のもふもふの中からなんとか顔を出す。
もふもふの中は真っ暗だったから、目が慣れなくて少しパチパチと瞬きをして、周囲を控えめに見渡す。
まるで自分が星の一つになってしまったかのように、光輝く星が近い。そして夜の闇がシーツのようにすぐそばを漂っている。下の方には夜の街の明かりがもう一つの星空のように広がっている。上も星、下も星、隣も星……。
ちょっと待って!?私、
そ、そ、そ、空を飛んでいるわっ!?
「ひえ!」
そして思わず悲鳴を上げた。
私の悲鳴を聞きつけた狼は、またもや抑え込むように前足でぐいっと私の頭を自分に押し付けてくる。
「あはは!なんなのそいつ?すっごい過保護じゃん~?まるでママ」
さっきノースと名乗った魔法使い様がケタケタと笑うことが聞こえてくる。
けれど、私はあまりにも非現実的な体験に、胸がドキドキして、心がふわふわして、今が夢の中なのか本当に現実なのかも分からなくなっていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「うわ!魔獣!?ノース、なんてもん連れてきてんの?」
「えっ?魔獣だって?」
「へ~すごい!なんでこの魔獣こんなに大人しいの?」
「ノース、今日の夜食~?捌いていい?」
「わわ!やめろって!この中に人間いるんだからさ触んないでやって~」
「え?誰か食べられたの?」
「違う違う!……ほら!」
色んな人の話し声が聞こえたと思ったら、魔獣の前足が少しだけどかされて、周囲の光が一気に飛びこんできた。
わ、まぶしい!
星空はもう、どこにも広がっていない。どうやらいつの間にか室内に落ち着いていたようだ。
もしかして、ここが魔塔……?
「うーん、それにしても困ったな。このでかいママ、本当に君を離さないね?どうしよっか?」
集まっていた魔法使い様たちを解散させた後、ノースさんは首を傾げながらそう呟く。すっかりママ扱いでなんだか複雑。
たしかに、私を引き離そうと手を伸ばすだけでグルルと威嚇するように唸る狼。いや、魔獣?
「たぶん、魔力の相性がよっぽどいいんだろーね?」
「え、でも……私、魔力はないって言われていて……」
5歳の時に受けた鑑定で、私は魔力なしの判定をくだされていた。貴族なのに、魔力なし。お父さまもお母様もお兄様も平均よりも多いくらいの魔力を持っているのに、私は魔力なし。つまり無能の判定を受けた私は、その日聖属性の魔力を持つと判定されたリゼットと、さらに明確に明暗が分かれたんだもの……。
けれど、ノースさんは不思議そうに首を傾げた。
「君が魔力なし?そんなわけはないと思うけど……」
「え?」
どういうことだろう?
すると、私が言われている意味が分からないでいるうちに、バタバタと誰かが走ってくる足音が聞こえた。
「おい!何をしているんだ!?どうしてすぐに俺のところへ来ない!!」
そう声を荒らげながら近づいてきたのは、眉間に思い切り皺を寄せて、いかにも不機嫌そうな顔をしたとてもとても怖い雰囲気の男の人で。
思わず震えあがった私に、その人の鋭い眼光がギラリと向けられた。
そしてその手がおもむろに私に向かって伸ばされる。
(ら、乱暴されるっ??)
恐怖に身が竦む。……と、その時。
ふわりと強張った手が暖かく包み込まれた。
「ああっ!誤解しないでくれ、俺は君に怒っているわけじゃあないからね!もちろん、この男に怒っているわけでもない!いや、怒ってはいるけれど、それは早く君に会いたくてずっとまだかまだかと待っていたのに、この男がなかなか俺の元に君を連れてきてくれないからで……ハッ!もちろん、ただ待つだけではなくて最初からこうして迎えに来ていればよかったと今は反省しているよ!出迎えるのが嫌だったわけではなく、どんな顔で君を迎えればいいかと緊張していたら正常な判断が下せなかっただけで、君と会えるのを待ち遠しく思っていたことは絶対に嘘じゃないのでどうか勘違いしないでほしい!」
私の手を優しく握りながら一気にまくし立てた男の人の向こうで、私に負けないくらいノースさんがポカンとしている顔が見えた。