37_異常な事態はいつも突然やってくる
私を睨みつけているリゼットは、どう見てもものすごく怒っている。
あまりにも突然のことに驚いて何も言葉を返せずにいると、リゼットはさらに苛立ったのか、私の腕をつかむ手にますます力がこもった。
「っ、い、痛い……!」
思わず声を上げるけれど、リゼットの手の力は微塵も緩まない。
「何をしてるのか聞いてるのよ」
低く響くような声でもう一度聞かれて、身が竦む。
なにがなんだか分からないけれど、とにかく答えなくちゃ……!
「ひ、必要なものを、買いに……」
「魔塔に売られたあんたに、必要なものなんてあるわけがないじゃない」
のどがカラカラになりながらもなんとか声を絞り出したけれど、間髪入れずに返される。
私は混乱した頭で必死に考えていた。
リゼットは、どうしてこんなに怒っているの?
──ひょっとして、リゼットが必死に庇ってくれていたのに、私がそれを無下にして何も伝えずにリーステラ家から出ていったから、だからなのかしら?
そこに考えがいたって、今更ながらにハッとした。
そうよね、よく考えたら、私がリーステラ家から除籍されることも、魔塔へ売られることも、リゼットは必死になって止めようとしてくれていたのに。
両親から愛されていないことを改めて実感して、悲しくなってしまった勢いで家を出た私。
リゼットはどれほど私を心配して、心を痛めてくれたか分からない。
それなのに、こうして街で能天気に歩いている私を見つけてしまったリゼット。
おまけに声をかけられる直前、グレイス様とはぐれてしまったと気づく前には、私は綺麗なアクセサリーに見惚れて目を輝かせていたのだ。
まさかリゼットと出くわすなんて思ってもいなかったし、そんなつもりはなかったとはいえ、我ながらなんて無神経だろう。
そんなの、リゼットが怒るのも当然だわ……。
私はいつもそう。本当は仲良くしたかったのに、いつだって言葉選びが悪かったり、誤解を招くようなことをしてしまって、リゼットを傷つけたり悲しませたりしてばかりだった。
それでも、どう考えても良く思えなかったはずの私のことを、リゼットは気にかけてくれていたのに。
でも、もうやってしまったことはどうしようもないから。とにかく、リゼットの気持ちを無下にしてしまったことと、私は魔塔で思ったよりも幸せに過ごせているから、もう大丈夫だということを伝えなくちゃ。
そう思い、なんとか口を開く。
「リゼット、あのね──」
けれど、その先を言葉にする前に、近くで大きな爆発音が響いた。
(きゃっ!?な、なに?)
リゼットも驚いて、私を掴んでいた手が離れる。さらに続く大きな物音と何人もの悲鳴に路地裏から大通りの方に視線を向けると、大通りの先にある、広場の方面から人々が走って逃げ出しているようだった。
私たちは慌てて大通りの方へ向かう。
何が起こっているのか理解したリゼットが、小さく悲鳴をあげた。
「ひっ!ま、魔物……!」
そう、広場の方に魔物が姿を現し、建物や人に攻撃していたのだ。おまけに一匹や二匹ではない。
(どうして魔物が……!?)
魔塔ですごすようになり、魔法の訓練を受けるとともにいろいろなことを教えてもらった。
その中で、王都にはいくつかの大きな魔石を使って結界が張られていて、そのおかげで魔物が中に入れないようになっているのだと聞いたことがある。
セルヒ様たちが魔物討伐のために出る現場もその結界の外で、他の街や国との間を安全に行き来できるようにしたり、結界の外で暮らす人たちのための対策の一つなんだと言っていた。
だから、王都の中は平和なんだって……。
呆然と立ち尽くしていると、逃げ惑う人の波に押されて、小さな男の子が転ぶ姿が目に入った。
「た、大変だわ!」
逃げていく人たちからは、小さなその子の姿は人の影に隠れて見えないはず。このままでは危険だと分かって、慌ててその子の方へ向かう。
逃げる人たちにぶつかりながらもなんとかたどり着き、泣いているその男の子を抱き上げると、私は急いでリゼットの元へ戻った。
「リ、リゼット!この子の怪我を治してあげて!」
「……っ!は、はあ!?」
以前、フワフワを治癒してあげてほしいとお願いした時は、私の言い方が悪くて誤解されてしまったことで、拒絶されてしまった。
けれど、今はどういう事態かリゼットにも分かっているはずだから、誤解も生まれないわよね!
そう思い、男の子を抱いたままリゼットに近づく。
「うう……痛いよお……お姉ちゃん、助けて……」
男の子が泣きながらリゼットに手を伸ばすと、彼女は一瞬表情をこわばらせた。
リゼットは優しいから、男の子のそんな姿を見て心を痛めたのかもしれない。
「や、やめて!治す、治してやるから、そんな土で汚れた手で触ろうとしないでよ……!ほら!」
リゼットが手のひらをかざすと、すぐに男の子の怪我が消えていく。
(やっぱりリゼットはすごい……!)
私は魔法の訓練を初めて、前よりも魔力がよく見えるようになっていた。だから、リゼットがどんな風に力を巡らせて治癒魔法を使っているかがよくわかる。
(普通の魔法とは使い方が少し違うのね……でも、これってひょっとして……)
だから、前は分からなかったことに気がつく、なんてことも増えていた。
ふと思いついたことに、小さく興奮して心臓がドキドキする。
それに……なんだか違和感がある。なんだろう?リゼットの魔法はほとんど見たことがないから、久しぶりに目にして新鮮なだけかもしれないけれど……何かが前とは違うような。
「治したわよ!これでいいでしょ!?全く、私の力をこんなことに使わせるなんて……とにかく、こんな危ないところにいられないわ!」
リゼットがそう言いながら、この場から離れて行こうとする。
「あ、リゼット!!」
けれど、リゼットが飛び出した瞬間、その目の前に翼を持った魔物が、立ち塞がるように姿を現した。
そして、魔物は長い腕を振り上げ、鋭い爪が光る。
「きゃあ!?」
「リゼット、危ない!」
私は咄嗟に抱いていた男の子をその場に下ろすと、急いでリゼットの手を引き、体を翻す。魔物に背中を向け、リゼットを抱きしめるようにして庇うと、攻撃を受ける覚悟をしてぎゅっと固く目を瞑った。
けれど、次の瞬間とても強い風が吹き抜けて、轟音ともに地面に強い振動が響き、私の体に痛みが走ることはなかった。
「大丈夫か、ルーツィア!」
最近、すっかり聞き慣れてしまったその声に、一気に安堵が広がっていく。
「セ、セルヒ様……!」
顔を上げると、私を背に庇うように立つセルヒ様の前で、大きな魔物は倒れ、地に伏せていた。




