36_気が緩んでいることには、何かがあってからじゃないと気がつかない
セルヒ様がノース様と一緒にお仕事へ行くのを見送って、私もグレイス様と魔塔を出発した。
ちなみに、自分はお留守番だと気づいたフワフワが愕然とした顔で『わ、我も一緒に行けないのか!?あの男だけじゃなくて我も!?』と叫び、「きゅうん!きゅうん!」と悲壮な鳴き声をあげるのでとても心が痛かった。
でも、フワフワは体がとっても大きいから、さすがに一緒に行ったら街の人たちが驚いちゃうよ……。
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必要な買い物を終えた私たちは、最近女性たちに人気だというカフェにきていた。
「ここはね、すごく美味しくてお気に入りで、最近よくきているのよ〜!」
にこにこと笑いながらそう言うグレイス様。
せっかくだからスイーツでも食べようとグレイス様が誘ってくださったのだ。
私、リーステラ家にいた時は、たまに街に来ることはあっても、カフェに来たことはなかったのよね。私には友達もいなかったし……リゼットなら、たくさんきたことがあるんだろうけれど。
だからこうして大好きで尊敬するグレイス様とおしゃれなカフェにいるっていうだけで、とってもドキドキしてしまう。
「ルーツィアちゃん、ケーキはどれにする?」
「ええっと……」
さっきからメニューとにらめっこをしている私にグレイス様が尋ねてくれるけれど、どうしよう。どれも美味しそうで決まらない……。
そもそも、リーステラにいる頃、お菓子やケーキはリゼットためのものだった。私はあまり食べたことがなくて、自分がどんなケーキが好きなのかも分からない。
「じ、じゃあ、グレイス様と同じもので……」
「え、私は『巨大びっくりジャンボパフェ』を頼むつもりなんだけど、本当にいいの?」
「ええっ!?」
なにそれ!?なんだかとても大きそう!
あれ、あれ、でも、メニューにそんなの載ってないのに……?
「私ね、食べることがとっても大好きだから、たくさん注文するんだけど。3回通うとどこもなぜか私専用の大盛りメニューを用意してくれるようになるのよねえ」
初めてそうされた時には「そんな特別扱いを受けるのは申し訳ない」と慌ててしまったらしいのだけれど、お店側が懇願する勢いですすめて下さったこともあり、せっかくのご厚意なのだしと遠慮しないことにしたのだとか。
そんなこともあるのねと感心していた私は、少しして現れた『巨大びっくりジャンボパフェ』に目をまん丸くして驚いてしまった。
(お、大きい……!)
向かい合って座っているグレイス様のお顔が隠れてしまっているわ……!想像の3倍くらいある!
グレイス様はとってもスタイルが良い。こんなに大きなパフェを全部食べることができるのかしら?
だけれど、私の驚きをよそにグレイス様はあっという間にパフェをぺろりと食べてしまって、そんな風に抱いた疑問はすぐに吹き飛ばされてしまった。
(人って本当に、見た目じゃわからないことがたくさんだわ……!)
カフェを出たあとグレイス様と歩いていると、露店が立ち並ぶ大きな通りにたどり着いた。気になるお店を見て回っていたのだけれど、一際人が多い辺りのとあるお店に綺麗なアクセサリーが並べられていて、思わず目が奪われてしまう。
「わあ、綺麗」
今日は一日、楽しくて。幸せで、気持ちがふわふわしていて。
私はきっと、浮かれてしまっていたんだと思う。
ハッと我にかえると、人波に押されて離れていくグレイス様と、はぐれそうになっていた。
グレイス様は私と手を繋いでくれていたのだけれど、私がアクセサリーに夢中になってぼんやりしていたから、人に押されるうちに離れてしまっていたようだった。
(た、大変!この辺は人通りが多いから、離れないように気をつけてって注意されていたのに……!)
グレイス様は慌てたような表情でキョロキョロしているけれど、人が多くて私の姿に気がつかない。
焦ってすぐにグレイス様の方へ向かおうとした時、突然ぐいっと後ろから腕を強く引っ張られた。
(わっ!?)
驚きすぎて声も出せずにいる一瞬で、路地裏にものすごい力で引き摺り込まれる。
(わっ、あ……っ!)
必死になって、なんとか振り向くと、そこには恐ろしいほどに顔を歪めたリゼットがいた。
「っ!リ、リゼット……!」
「ちょっと、こんなところで何しているのよっ!?」




