33_きっと怯えているに違いない(ミハイル視点)
あまりの憤りに耐えられず、私は机の上の物を力任せに全てなぎ倒した。
「ひっ……!」
いつもはうっとうしいほどに私に媚を売ってくるメイドが小さく悲鳴を上げ、怯えて部屋から逃げ出すが、そんなことはどうでもいい。
「ルーツィア……なぜ……!」
王宮から届けられたばかりの書状を握りつぶす。
その紙には、ルーツィア自身にリーステラ家に戻る意思がないこと、それにより、ルーツィアのリーステラ家からの除籍、および魔塔への引き渡しを取り下げることはできないことが記されていた。
こんなこと、受け入れられるわけがない。
(ルーツィアが望めば魔塔などに留まる必要もなく、リーステラ家に戻って来られるのに……!やはり、リゼットが彼女に余計なことばかり吹き込み、追い詰めたに違いない)
そもそも、除籍の書類は私自身のためのものであり、魔塔へ引き渡す魔法契約書は数年前にあの忌々しい魔法使いが無理やりに押し付けてきたものだ。効力が高い魔法契約書は、契約を交わす前の段階のものであってもそう簡単に破棄することはできない。
そのため、学園卒業後に私がリーステラ家から籍を抜き、ルーツィアの婿として婚姻を交わした後、正式な手続きに則って破棄するように保管していたはずなのに。
(リゼット……あれほどまでに愚かなことをしでかすとは思っていなかった)
このようなことになるのが分かっていたなら、今のような状況を決して許しはしなかったのに……!
当のリゼットは、私がいつものようににこやかに対応しないことと、両親がルーツィアがいなくなったことに狼狽えの色を見せたことに不満を抱いたようで、自室に引きこもっている。このまま永遠に扉のこちら側に出てくることがなければいいのに。
狼狽えていることからも分かる様に、両親にとってもこの事態は想定外だったらしく、珍しいことにルーツィアを取り戻すための私の行動を後押しするように動いてくれた。そのため、すでに受理されている書類に対しての異議申し立てとしては極めて迅速に手筈が整えられたのだ。友人である第一王子が私を哀れがり、口添えをしてくれたことも大きかった。
だから、すぐに間違いは正され、ルーツィアは間もなくこのリーステラの屋敷に戻ってくるのだと思っていたのに。
「ああ……はは。やっぱり荒れているな。ひどい有様じゃないか」
呆れたような声に振り向くと、先程メイドが逃げ出した扉にもたれて、第一王子であり私の友人でもあるレオナルドが立っていた。
王宮から書状が届くこと、その内容を知った上で、私を心配してきてくれたのだろうということは理解できるが、正直なところ今は見たくない顔だ。
「何しにきた」
「私に八つ当たりしても仕方ないだろう。お前が状況を見誤った、それだけだろ?」
そんなことは分かっている。
こんなはずではなかった。こんなはずでは……。
「大体、リゼット嬢を自由にさせていたことが間違いだったのではないか?リーステラ夫妻の歪みを放置していたことも。具体的に動くことで万が一お前がリーステラから追い出されたとしても、どうとでもやりようはあったじゃないか」
そんなことは、分かっているんだ。
たしかにレオナルドのいう通りだった。どちらにせよ、学園卒業後はリーステラから籍を抜く予定だったのだから、追い出される危険を負ってでもリゼットやリーステラ夫妻を力ずくでねじ伏せる選択肢がないわけではなかったのだ。
それをしなかったのは、少しでもルーツィアのそばにいたかったからじゃないか。
学園の寮に入り、毎日会えるわけじゃなくとも、会おうと思えば確実に会える距離にいたかったからじゃないか。
おまけにもしも読み違えれば、ルーツィアがより苦しむ状況へと追い込まれる危険だってあった。慎重に行動することを選んだ私を誰が責めることができる?
──いや、こんな風にルーツィアが離れていってしまった時点で、私が間違えていたことは紛れもない事実だ。
「だから、どうやってルーツィアを取り戻すかを考えているんだろうが……」
きっとルーツィアは魔塔で辛い思いをしているに違いないんだ。あの子は気が弱く、自分の考えを言えない子だから。あんな恐ろしい場所にいるしかなくなって、毎日泣いているのではないだろうか。
ああ、早く迎えに行ってやらなければ。
ルーツィアが自ら除籍の書類を使い、魔塔との契約書にサインをしたというなら、おそらくリゼットに騙されて、リーステラ家こそが望んで自分を捨てたのだと誤解しているに違いない。
だからこそ傷つき怯えて、本当はここへ戻りたいのだと言えなかったのだろう。
ルーツィアは、リゼットのどんな悪意に晒されても、歪んだ両親の無関心に傷ついても、いつだって自分が悪いのだと思う優しい子なのだから。
苛立つ私を見て、レオナルドがため息を吐きながらも口を開く。
「……ルーツィア嬢が近々、魔法使いとともに魔物討伐の現場にでるという噂がある」
「は?」
そんな馬鹿な。ルーツィアは魔力ナシだ。だからこそ両親にもリゼットにも、必要以上の蔑みを受けていたのだから。
「最近、魔物の出現報告も多い。だからそれに関わる魔塔の動きも多少は私の耳に入ってくるんだよ。役に立つかどうかは分からないが、知りえる限りは教えてやるから、少しは落ち着け。ルーツィア嬢の本音がどんなものかは私には分からないが、彼女のことを本当に取り戻したいならば苛立つばかりではなく冷静に現実を見ろ」
ルーツィアが魔物討伐に駆り出されるなど信じられない。魔塔の非道な噂はよく耳にするが、まさかそれらが本当だと言うのか?
いや、レオナルドの言う通り、冷静にならなければ。怒りにのまれるばかりではいざというときに動けない。
ルーツィアは必ず、私が助け出す。




